習慣という病は現状維持という症状を人生にもたらす

「昨日のやり残し」と「今日やるべきこと」と「明日の為にやっておきたいこと」で24時間は埋まっています。そして、この3つで人生は終わってしまいます。問題はサボっている感覚がないことです。

「制限がないならば、どんな人生にしたいのか?」と考えると「これも、あれもやってみたい」と心は答えますが、時間の隙間に入れ込むことは困難です。3つのうちのどれかを排除しなければ、入れ込む隙間は作れません。油断すると心は疲れ、考えることを放棄します。「さあ、何を手放して何を優先させますか?」優先順位の配列がDNAの配列のごとく、人生をカタチづけます。




習慣という病は現状維持という症状を人生にもたらします。定期的に頭を整理整頓をし、優劣を定め、限られた時間を有効を機能させていかなければなりません。「今やるべきことは何なのか?」と自分に問い続けなければ、押し寄せてくる慣性の法則に流されてしまいます。忙しくてもやりたいことをやらなければ、誰かの人生を生きてしまうことになるのです。

自分しか出来ない仕事は何なのか?
自分以外でも出来る仕事は何なのか?
未来に重きを置くのか、いま現在に重きを置くのか?
何を重要視し、何を軽く視るのか?
不義理にはならないのか?
やりすぎてはいないのか?
合理化は出来ないのか?
合理化ばかりを考えてはいないか?

何かを判断するには、判断する価値観の軸が必要です。判断をミスしながら、価値観の軸が定まっていきます。初めから完璧な判断や、完璧な選択は出来ませんが、試行、改善を繰り返さなければ、より理想的な軸の構築は出来はしません。

周りの人からの助言を素直に聞き入れ、自分の望む人生に照らし合わせながら、精度の高い選択、判断を手に入れることができます。上手くいっていることにかまけることなく、より理想的なものを求め、飽くなき追求を。飽くなき追求とは飽きることのない追求です。

織田信長は、戦において同じ戦術を使わなかったといいます。更に新しい自分で目の前の物事と向き合い、真っ白な自分で作戦を構築すると、常に新しい発見が生まれます。

「まあ、こんなものでいいのではないか?」としないことが人生において大切なことです。それを考えると、やはり心がいつも新鮮で、体調が良く、頭がよく整理されていることが求められます。「よし、やってみよう!」と心が弾んでいることが求められます。


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