現在の日本の政府債務は太平洋戦争末期と似ている

日本の政府債務残高は2012年度末に991兆6000億円に達しました。
名目GDP(国内総生産)の208%にあたり、太平洋戦争末期における政府債務残高のGNP(国民総生産)比204%に匹敵します。
現在の日本は、近代日本経済史上2回目の深刻な累積政府債務に直面していることになります。

1回目にあたる終戦時の累積政府債務は、そのほとんどが戦後の急激かつ大幅なインフレによって実質的に解消されました。
1944年から1949年にかけて、日本の卸売物価は約90倍となりました。
その結果、政府債務残高は1949年度末にはGNP比で19%まで低下したのです。
これは、直接・間接に政府への債権を持っていた国民にインフレによる事実上の税を大規模に課すことで、累積した政府債務を一挙に縮小させたことを意味します。

経済復興と高度経済成長で、政府債務残高のGDP比は低下を続け、東京オリンピックが開催された1964年度末には4.4%となりました。
1965年不況時の赤字国債発行を転機に上昇しましたが、ペースは緩やかなものにとどまりました。
再び明確な上昇傾向を示したのは1975年度以降です。
その後、バブル最盛期の1988~1991年度を除き、毎年上昇を続けて現在に至っています。

それでは、1回目の政府債務の累積はなぜ起きたのでしょうか。
政府債務の増加は1920年代の長期不況期に始まりました。
日露戦争により70%を超えた政府債務残高比率は、財政緊縮と第一次世界大戦期のインフレを伴う経済成長によって、1919年度末にいったん23%まで低下しました。
以後、デフレと不況の過程で上昇に転じ、1932年度には、高橋是清蔵相による「高橋財政」の影響が加わって58%となりました。

注目すべきは、1933年度以降、政府債務残高比率が数年間にわたって安定していたことです。
高橋財政の景気刺激効果によって、経済成長率が上昇するとともに緩やかなインフレが続いたのが一因ですが、もう一つ理由がありました。
高橋蔵相1934年度予算編成時から、財政規律を維持するために公債収入を前年度より減額する「公債漸減」方針を採り、1936年度まで維持されたことです。

この流れを変え、再び公債発行の増加にかじを切ったのは、2.26事件後に成立した広田弘毅内閣の蔵相・馬場鍈一でした。
馬場蔵相は公債漸減方針を明確に放棄しました。
1932~1936年度に8億~9億円だった新規国債発行額は、1937年度に一挙に22.6億円に増加しました。

政策転換の背景には馬場蔵相自身の財政経済政策に関する持論がありました。
1935年に東京帝国大学で行った講演で、「私は実は赤字公債をそんなに恐れない。恐れたところで出さねばならぬものは出さねばならぬ」と述べ、公債発行の大きな要因となっていた軍事費について、「私は国防費に対して不生産的経費といふ言葉は使はない」「国旗の翻る所即すなわち我が商権の進出する所、或あるいは民族の進出する所だと考へていけば、寧むしろ生産的だと言った方が宜よろしいぢゃないか」と論じました。
公債発行で軍事費を含む財政支出を賄っても、中長期的には市場の拡大を通じて経済成長をもたらし、税の自然増収につながるのだから問題ないという議論です。

こうした楽観論は、戦争が拡大し、財政支出の増加がさらに著しくなると、政府全体に広がりました。
1941年、本来、財政規律を守る立場にあるべき大蔵省主計局の谷口恒二局長は、開戦以来累計250億円に達していた公債発行額について「支那事変の解決、大東亜共栄圏の確立された暁に於ける我国力の増進を考へるならば、この程度の公債は我国財政にとって懸念の要のないところである」と述べました。

戦前・戦中期に生じた1回目の政府債務の累積過程では、今日から見れば根拠に乏しい楽観論が、多額の公債発行を継続することの正当化に一役買いました。
今日においても、増税や財政支出削減を避けたいという政治的立場から、将来の経済成長や、(マイルドでむしろ望ましい)インフレが政府債務の問題を解決するという、有権者に耳障りがよい主張が提起されがちです。
しかし、そのような希望的観測に基づいて財政再建を先送りし続ければ、前回の政府債務累積時の轍を踏むことになりかねません。

安倍内閣が行った重要な施策として、国民に公約した消費税の引き上げを2度にわたって延期したことが挙げられます。
2014年11月18日、安倍首相は記者会見を開き、2012年の社会保障・税一体改革法に基づいて2015年10月に予定されていた消費税率の8%から10%への引き上げを18ヵ月間延期すること、およびその考えについて国民に信を問うために、21日に衆議院を解散することを表明しました。

社会保障・税一体改革法と、そのもとになった民主・自民・公明の3党合意の前提になっているのは、消費税率の段階的な引き上げは、先進国で最大の政府債務を抱え、毎年度多額のプライマリー・バランス(国債費を除いた基礎的財政収支)の赤字を続けている日本の財政構造を立て直し、財政破綻を回避するために、避けて通ることができないという認識です。
この認識自体は、今回の会見においても継承されています。

それにもかかわらず、消費税率引き上げを延期する理由として安倍首相は、2014年4月に行われた8%への消費税率引き上げが4月以降、個人消費を減退させており、引き続いて来年10月に消費税率を引き上げることは、再び個人消費を押し下げて、いわゆる「アベノミクス」によって進めてきたデフレ脱却を危うくする恐れがあることを挙げました。
そして、政策効果によって景気を回復させ、2017年4月までに消費税率を引き上げられる環境を整えることを強調しました。
そしてこの公約も2016年6月に撤回され、消費税の引き上げは再度延期されました。

消費税率の引き上げだけでなく、国民ないしその一部の負担を増加させる改革は、一般に先送りされる傾向があります。
この現象は日本でも顕著に観察されます。
実際、1990年代以降、日本経済が経験してきた困難な諸問題、すなわち銀行の不良債権処理の遅れによる金融危機と不況の長期化、そして現在われわれが直面している巨額の政府債務自体も、その主な原因の一つはこうした改革の先送りにありました。

1980年代後半の「バブル」とその後の長期不況について経済学・政治学の視点から総合的に検証した研究プロジェクト(村松岐夫・奥野正寛編『平成バブルの研究』上・下、東洋経済新報社、2002年)において、東京大学の井堀利宏氏は、改革の先送りが生じるメカニズムを経済学的に説明しています。
ある国で改革を実施するかどうかは、改革を行わず現状維持をした場合の経済状態と、改革を行った場合の経済状態の相対的関係についての認識によって決まります。
そして改革を行った場合の経済状態は、改革による利益と改革に伴うコストの相対的関係によって決まると考えられます。

このような設定の下では、改革を行わない場合に将来生じる経済状態について楽観的であれば、改革は実行されないことになります。
日本の財政と税制に即していえば、第一次安倍内閣で有力であった「上げ潮派」の認識では、将来の経済成長率上昇に伴う税の自然増収によって、消費税率の引き上げを行うことなく、プライマリー・バランスの均衡を達成できるとされていました。

改革を行わない場合の経済状態が将来にわたって一定のケースでは、改革の利益とコストの相対的関係についての認識が、改革が実施されるかどうかを決めることになります。
ここで、改革の利益は実施時点によらず一定で、改革のコストは改革を実施する時点に依存すると想定します。
このとき、改革のコストが将来、低くなると予想される場合、すなわち、今すぐに改革を行えば「痛み」が大きいが、将来には環境の好転などによって改革の「痛み」が小さくて済むと予想される場合には、改革は先送りされることになります。
11月18日の記者会見で安倍首相が述べたのは、まさにこのような認識です。

1990年代にバブル崩壊に伴う不動産価格の低下によって日本の銀行が多額の不良債権を抱えた際、その処理が先送りされたことが金融危機の深刻化と不況の長期化を招いたことは広く認められています。
銀行の不良債権処理先送りの背景にあったのは、不動産価格の将来に関する楽観的な期待でした。

1990年代初めから下落傾向にあった不動産価格がいずれは持ち直すであろうから、不良債権処理を行わず現状維持しても金融システムの状況が次第に改善し、また不良債権処理のコストも将来のほうが小さくて済むことが期待されていました。
このような楽観的な期待ないし希望的観測が、不良債権処理の先送りをもたらし、ひいては金融危機の深刻化と不況の長期化を招いたのです。


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