乱気流に飲まれた時のような「突然の浮き沈み」と「生きた心地がしない」というのは、P.F.ドラッカー(現代の哲人であり、マネジメントの父、知識社会、知識労働という言葉の生みの親)が、現代を言い表す時に使った言葉です。現代社会の変化の様子を振り返れば、「今の時代にぴったりの表現」と思いませんか?

一夜にして業界が大きく変わる時代

産業界を見渡してみれば、自他共に「目の付け所が鋭い」と評されていた優良企業が、気づけば海外に安値で買収されたり、財閥系のバックアップのある日本有数の電機メーカーが傾きかけたり、iPhoneの登場で日本の携帯メーカーは ほとんど撤退し、フィンランドのGDPが大きく減ったり、気づけば、日本メーカーのパソコンは、ラベルだけ(事業提携して海外企業が作っています)。

見渡せば、電機メーカーは「ほとんどが、一般消費者向け」から、全く別の事業に乗り出し始めています。しかも、ここ数年で、あっという間にです。それらの企業に勤める方々は、次々と自分の部署が廃止されたり、統合されたり、時には「ボスが外国人」になったりして、違う仕事をすることになっています。

勤め上げる会社も仕事も、もはやない

一昔前なら、多くが工場労働、肉体労働者でしたが、知識労働、サービス労働が主流になった現在、人は「より長く働ける」ようになりました。また、政府主導や、ニーズの上昇によって「定年退職年齢は上昇し続けて」います。今や、60歳、65歳、果ては「働けるだけ働いて欲しい」という時代になりました。

定年退職年齢の上昇が意味するものは何か?

23歳で就職したとして、70歳で完全に退職すると考えると、就労年数は47年になります。つまり「半世紀も働き続ける」時代に私たちは生きています。ところが、 会社の平均寿命は23.5年(東京商工リサーチ調べ 2014年)です。つまり、会社よりも、個人の就労年月のほうが長いことになります。このことから、「ほとんどの人は、必ず転職する」ことを意味します。

幸運にも(?)、一つの会社を勤め上げられたとしても、同じ仕事を45年も続けることは考えづらいです。会社自体が「別業界へ移動」し、仕事の内容、求められるものが変わります。結果、或る日突然、「全く違う仕事と、責任を持たされる」時代になったことを示しています。

先生も安泰ではない

士業の仕事のほとんどがなくなる?

士業の仕事の90%がなくなるとも言われています。原因は、人工知能のブレイクスルー(ディープラーニングなど)。これはかなり画期的です。もちろん、専門外の人たちが、過度な期待を膨らませて、喧伝されすぎてはいますが、コスト削減、大量処理によって、多くの「先生」が職を失う可能性があります。

他の資格ビジネスも同じです。ちょっと高度なデータ処理程度の仕事は、人工知能などに置き換わる可能性があります。つまり「資格を取って、安泰」ということはありません。

大学の先生も危うい

「果ては大臣か、博士か」と言われた時代は遠い昔です。少子化トレンドは、まだまだ続きます。高給取りの大学の職も非常に危ういです。単純に大学の数は、今の3分の2程度で十分なはずです。今後、廃校になる大学、学校は増えていきます。ところが、「他の学校が受け皿にはなりません」。

今、一般社会ですら働くにも、その柔軟さも、仕事の仕方も知らない人が多くいます。一昔前は、博士号取得者を増やそうとして「博士号を持っているけど、就職できない」人々を生み出し、社会問題にしていました。ところが今は、「既存の先生たち」の行く場所に困る未来が待っています。