日本国債
日銀の異次元緩和により、物価は上がったように見えます。

日銀が目標としている消費者物価指数(除く生鮮食料品)は、2013年12月に前年比1.3%の上昇となりました。

2013年通年でも前年比0.4%の上昇と5年ぶりのプラスとなりました。

ところが、日銀が異次元緩和を行ったことで人々のインフレ予想に変化が生じて、それにより物価が上がったわけではありません。

日本の物価が上がった大きな要因の1つは円安です。

2012年11月あたりから急激な円安が進行しました。

2012年11月の初旬にドル円は80円割れとなっていましたが、2013年5月には100円台に上昇しました。

今年の物価上昇のかなりの部分は円安の影響で説明ができます。

福島第一原発事故の影響もあり、エネルギー価格の上昇に円安の影響も加わって輸入価格が上昇しました。

エネルギー価格の上昇だけではなく、輸入する材料費の値上がりも影響しました。

円安については、アベノミクスの成果であって、日銀の異次元緩和によるものではないかとの見方もあるでしょう。

しかし、それについても疑う余地があります。

2012年11月に、次期首相の有力候補となった安倍自民党総裁からアベノミクスと呼ばれる政策が打ち出されました。

「輪転機をぐるぐる回して、日本銀行に無制限にお札を刷ってもらう」との発言にもあったように、それは脱デフレを掲げたリフレ政策でした。

これをもってパラダイムシフトが起きたとの見方もありますが本当にそうだったのでしょうか。

パラダイムシフトには興味深い前例があります。

昭和初期の高橋是清による政策、いわゆる高橋財政です。

この高橋財政のパラダイムシフトとアベノミクスのパラダイムシフトにはいくつか共通項があるとともに相違点もあります。

共通項としては、政権が変わることによる期待が出ていたこと。

さらに円安を導きやすい地合ができていたことである。

高橋財政のパラダイムシフトの主な要因は、金輸出の再禁止による金本位制からの離脱にあります。

これにより円安・金利安と財政拡大が可能となりました。

このときの日銀の国債引き受けはあくまで財政拡大の手段にすぎません。

現実に日銀の国債引き受けが開始されたのは高橋財政の開始から1年後でした。

アベノミクスについては、政権交代によるパラダイムシフトへの下地はありました。

ただし、高橋財政時のように必然的に円安になるような金輸出禁止などを行ったわけではありません。

実際には、為替市場では火を付ければ燃え上がるような環境にあったのです。

何であれ、きっかけ次第で円は売られました。

パラダイムシフトは日本国内で起きていたのではなく、欧州を中心とした海外で起きていたのです。

これについては、イタリア、スペイン、ポルトガル、ギリシャなどの長期金利の推移、さらには対ドルでのスイスフランなど、アベノミクスとは直接関係のない動きをチャート(価格の値動きを表したグラフ)などで確認すれば分かります。

ギリシャの長期金利は2011年11月に30%台に上昇していましたが、2012年末にかけて10%近くまで低下していました。

欧州周辺国の信用不安による世界的なリスク拡大の不安は既に越えていたのです。

その中で買い進まれていたものが、スイスフランや「円」でした。

リスクヘッジと称した円買いの勢いは既に止まっていましたが、ユーロ危機の後退にはまだ疑心暗鬼な投資家もいたことで膨大な円買いポジションが溜まっていました。

そのような状況下、アベノミクスの登場をきっかけにヘッジファンドが円売りと、それによる株高を見越しての日本株買いのポジションを仕掛けました。

それがアベノミクス登場とともに起きた急激な円高調整と株高の背景にあります。

時期的なものを含めて、日銀が2013年4月に決定した異次元緩和で国債を大量に購入したから円安が起きたとの見方には、かなり無理があります。

世界的なリスク後退により、欧米の景気も回復基調となっていました。

例えば、2013年の英国の経済成長率は1.9%と2007年以来の大幅な伸びを記録しました。

この英国の景気回復とアベノミクスにも直接の関連性はありません。

欧州のリスクが後退したことで、大きな重石が取り除かれ、それが円安を生じさせ、その円安の影響と世界経済の回復が日本の景気を押し上げたのです。

安倍政権が登場したタイミングでの日本の景気回復には、円安の影響とともに、アベノミクスの「第2の矢」として13兆円規模の補正予算を 組んだことによる財政政策の影響があったことも確かです。

しかし、日銀が国債を大量に買い入れたことで、インフレ予想が変化し、それによりデフレから脱却しつつあり景気や物価が上昇したと結論づけるのは難しいと思います。

日銀は2013年4月4日の金融政策決定会合で、「量的・質的金融緩和」の導入を決めました。

消費者物価の前年比上昇率2%という物価目標に対して、2年程度の期間を念頭に置いて、早期に実現するため、マネタリーベース(現金通貨と日銀の当座預金残高)および長期国債・ETFの保有額を2年間で2倍程度とし、長期国債の平均残存年数を現行の2倍以上にするなど、量・質ともに次元の違う金融緩和を行うとしました。

この異次元緩和策について日銀の黒田東彦総裁は2013年12月の講演の中で、次のような説明をしていました。

日本銀行のこれまでの金融緩和政策や、海外の主要中央銀行で実施されている金融緩和政策と大きく異なるのは、「期待の転換」を特に重視している点です。

「量的・質的金融緩和」は、強く明確なコミットメントとそれを裏打ちする異次元の金融緩和によって、市場や経済主体の期待を抜本的に転換し、インフレ予想を直接的に引き上げることを目指しています。

インフレ予想が高まり、「先行き物価が上がっていく」との認識が定着すれば、実質金利の低下やポートフォリオ・リバランスといったチャネルに伴う景気刺激効果も強化されます。

すなわち、第1に、長期国債の買い入れは、国債需給への直接的な働きかけを通じて、名目長期金利に対し低下圧力を及ぼしますが、インフレ予想の高まりが加われば、実質長期金利は一段と低下することになり、投資を刺激する効果は強くなります。

第2に、インフレ予想が高まれば、現預金を保有することの相対的な魅力は低下するため、投資家や金融機関が、株式や外債などのリスク資産へ運用をシフトさせたり、貸し出しを増やしていくことが期待されます。

(2013年12月25日の日銀黒田総裁による日本経済団体連合会審議員会における講演より)

この発言の中に「インフレ予想」とありますが、そのインフレ予想とは誰が予想するものなのでしょう。

「期待の転換」と言いますが、誰の期待を変えるというのでしょうか。

どうやらその相手とは「人々」つまり、我々日本人全体を指していると思われます。

実際に我々の「期待」は転換しているのでしょうか?

1月9日に日銀が発表した「生活意識に関するアンケート調査」の質問の中に、「日本銀行が、消費者物価の前年比上昇率2%の『物価安定の目標』を掲げていることをご存知ですか」との質問がありました。

その回答は、知っているが29.4%、見聞きしたことはあるがよく知らないが31.3%、見聞きしたことがないが38.9%となっていました。

日銀が消費者物価の前年比上昇率2%の目標を掲げていることを知っているとしている人は、全体の3割に過ぎず、さらに見聞きしたことがないとの回答が4割近くを占めていました。

日銀は異次元緩和により、「人々」のインフレ予想を高めようとすると言いますが、その「人々」のうち4割近くは、日銀が掲げた物価目標のことについては知らないと答えています。

黒田総裁の発言によれば、これまでの日銀や海外の中央銀行が行ってきた金融政策と大きく異なる点として「期待の転換」を重視したそうですが、日銀の物価目標を知っている人でも、日銀が国債を大量に買えば、どうして物価が上がるのかを理解している人がどれだけいるのでしょうか。

日銀の異次元緩和が、「期待の転換」を重視していることで、これまでの日銀の金融緩和政策や、海外の主要中央銀行で実施されている金融緩和政策と大きく異なると黒田総裁は発言したが、そのような目に見えない期待を重視するあまり、日本は非常に危険なリスクを背負い込んでしまいました。

米国の中央銀行である米連邦準備理事会(FRB)は、昨年12月にテーパリングと呼ばれる「量的緩和政策の縮小」を始めました。

それはなぜでしょうか。

FRBが大量の米国債や住宅ローン担保証券(MBS)と呼ばれる債券を市場から買い入れた理由は、100年に1度とされた世界的な経済金融危機に対処するためでしたが、世界的なリスクが後退した以上は、非常時の政策をいつまでも続ける必要はないからです。

日銀も世界的なリスクに対処するため国債買い入れの増加などを行ってきました。

ところが安倍政権の登場により、日銀は世界的な危機に対処するためというのではなく、人々のデフレマインドを変化させるためとして、非常時の政策をさらに大規模化させてしまいました。

これにより目標達成までは引くに引けない状況となり、FRBがテーパリングを開始し、米国同様に日本の景気も回復して物価も上がっきているというのに、異次元緩和を続けざるを得ません。

それどころか追加緩和すら「期待」されています。

日本の債券市場では日銀が大量に国債を購入していることで、国債の価格は高値で維持されています。

国債の価格が高いということは、長期金利は低く抑えられていることになります(債券の価格と利回りは反対に動きます)。

これは日銀が目指したことでもあり、物価が上がっても名目の長期金利を抑えることで実質金利を低位で安定させています。

しかし、このように人為的に金利を低く抑えられている状況が、いつまでも持続可能とは思えません。

既に日本の成長率や物価の動向と長期金利の動きには乖離(かいり)が生じています。

これはいずれ国債価格が大きく調整する可能性を意味します。

名目の長期金利を抑えれば抑えるほど、後からくる反動が大きくなります。

日銀が大量に国債を買い続けることにより、このようなリスクを次第次第に増加させていると言えるのではないでしょうか。