目標は未来を変える為でなく自分を再教育する為に持つ

高度成長期やバブル、この国の経済が右上がりだったときに必要だった日本人と、今の時代に必要な日本人、そしてこれからの日本にとって必要な日本人は当然、違うタイプです。

その違いは教育によってつくられていくと思います。

既に教育を受けてしまった私たちは、自分自身を再教育する必要があります。

右上がり経済のときは、とにかく上の者に従順で、言われたことを素早くこなす人が求められていました。

「突撃!」と言われたら、何も考えずに突撃する。歩兵隊は「なぜ突撃なのですか?」と聞く必要はない。そんな時代がありました。

生産国日本にとって、そうした教育は、それはそれで機能していたのかもしれません。

国全体が成長しているということで、少しばかり間違っていても、全体が上昇しているから、宇宙船日本号の中で沈んでも、相対的には上昇していました。

しかし、今はどうでしょう?




労働賃金が高くなり、利益構造が機能しなくなってしまいました。

たとえば、真珠養殖も日本人1日あたりの日当と、ベトナムでの半月のお給料が同じです。

同じ仕事をしているのに、人件費が約15倍も違っては勝ち目がありません。

「カタチがないもの」もしくは「他にはないもの」を創り出す必要が、今の日本に求められています。

そんなスーパーコンテンツは、どうやったら見つかるのでしょうか?

「いかにうまくやると失敗しないか?」というやり方でやっても、スーパーコンテンツは生まれません。

「え~い!やってみよう!」とやってみるが結果は大失敗。しかし、その失敗から次へつながる意外なヒントやクリエーションが生まれます。

創ってみたら大失敗。できあがったのは「くっつかない接着剤」。これを転用して出来たのが「ポスト・イット」だったりします。

また、すべてのアレコレは出尽くしてしまったともいわれます。

コレとアレ、意外な組み合わせで新しい何かを創り出す。その技法を「マッシング」といいます。「マッシュポテト」の「マッシュ」です。

音楽を聴く道具とカメラ、そして電話を引っ付けてみたりするわけです。

失敗を恐れず、自分で考え、行動に移す。「トライアンドエラー」から新しい世界が切り拓かれていきます。

さあ、自分を再教育しましょう。

「目標を持ちましょう」と言われると、瞬時に恐怖感が頭をもたげます。

なぜ、この感情が浮かび上がるのでしょうか?

それは過去の教育で、「失敗してはダメですよ」と刷り込まれているからです。

「目標を持ってやったがダメだった」「その目標まで届かなかった」そんな自分に罰を与える教育を受けてしまっているのです。

こう考え方を変えてみてはいかがでしょうか?

「目標を持って挑んだが、達成はできなかった」「しかし、もし目標なしで頑張ったら、ここまでは来られなかっただろう」「目標を持つことで かなり前進できた」「これは素晴らしい!」と自分に「罰」や「×(バツ)」ではなく、「〇(マル)」を与える習慣です。

目標は未来を変える為でなく、今や自分を変える為に持ちます。

目標は目標達成の為ではなく、目標を達成できる自分になる為に持ちます。

それにより自己改革が成され、チャレンジする喜びも得ることができるのです。


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