錆びつき劣化する表現力

便利な道具を使えば使うほど、伝える本体としての自分の表現力は磨く機会を失い、劣化していきます。

私たちはそれぞれ、その人にしかできない表現力を持っているということを、いつの間にか忘れてしまっています。

プレゼンの道具を使いすぎると、本来持っている「心と体」という命を表現する最高の道具を活かせなくなります。

活かせないどころか、錆びついてしまっている人をよく見かけます。

錆は落とせばいいけれど、そうしたスキルやノウハウを教えてくれる人が少なくなっているのも事実。

もしも何かのトラブルでプロジェクターかパソコンに不具合が発生して、スライドがまったく使えない状態でプレゼンをすることになったとしたら、あなたは対応ができるでしょうか?

実際に、そのような状況になってしまう人は、ときどきいるようです。

そして意外にも、道具を使わず、自分自身を主役として一生懸命語ったときのほうが、いいプレゼンになったという人が多いのです。




何かを学ぶときには、2通りの方法があります。

自分の内側にあるものを「磨く」か、自分にはないものを外側から「身につける」か。

車やパソコンでは、もともとあるものは「標準装備」、後から取り付けるものは「オプション装備」と呼ばれています。

その分類で眺めてみると、世の中に出回っているノウハウやテクニックは、ほとんどが後から身につける「オプション装備」であることが見えてきます。

表現力は、どちらでしょうか?

後から身につけるスキルだから、オプション装備?

忘れてしまったかもしれませんが、この機会に少しだけ思い出してほしいことがあります。

あなたが赤ちゃんのとき、ただ微笑んだだけで、周りの大人を幸せにしていたことを。

あなたが幼かった頃、表現力全開で遊んでいた頃のことを。

毎日、知らないこと、新しいことが次々に起こり、ビックリしたり感動したりしていたあの頃のことを。

誰もが皆、子どもの頃は、表現力の達人でした。

大人になる過程で、私たちは表現力を封印し、自分を守るための鎧のようなものを身につけていきます。

処世術であったり、常識であったり、テクニックであったり。

まるで、次々と役に立ちそうなソフトをインストールし、容量がいっぱいになってしまって、動きが遅くなったパソコンのように。

表現力は、人間が標準装備として与えられた才能の1つでした。

私たちは、自分が思う以上に大切な「あるもの」に気づかず、使うこともなく、自分の可能性を狭めていたのかもしれません。

「あるもの」を最大限活かした後に、初めて必要な「ないもの」が見えてきます。


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