「機能的消費」はモノの発想。今は「共感的消費」が主流になっている

共感
昔は「機能的消費」と「記号的消費」が主な消費でした。

それが今は「機能的消費」と「記号的消費」に加えて、「共感的消費」という消費形態が大きくなってきました。




「機能的消費」というのは、機能を買うということです。

車を買うと考えてみてください。

運転してA地点からB地点に移動する、というのが車の機能です。

この機能を買います。

「車なんか移動する手段なんだから、別に中古の軽でいいですよ」というのが機能的消費です。

「記号的消費」というのは何かというと、自分はメルセデス・ベンツに乗るような人間なんだと示すためにメルセデス・ベンツを買う、というようなことです。

昔、流行ったようなブランド品を買うのもそうです。。

ルイ・ヴィトンのバッグを持つことで社会的に自分を記号として、「こういうのを持てる人間なんだ」ということを人々に訴えたい。

あるいはその気持ちを満足するために消費するのが「記号的消費」です。

今は「記号的消費」をする人はどんどんいなくなってきています。

「人からこう見られたいからメルセデスを買おう」というようなことはほとんどありません。

「人からこんなふうに見られたいから、こういうブランドを買う」というのはなくなってきました。

バブルの頃ぐらいまではそうでしたけれどね。

あの頃のコマーシャルを見ると、笑っちゃうようなものがいっぱいありました。

背伸びした消費を促すようなコマーシャルが多くありました。

「記号的消費」というのがなくなってきていますが、「機能的消費」はある意味復活しています。

例えばユニクロとかシマムラとかH&Mとか、フォエバー・トゥエンティワンとか、ああいうファストファッションが流行っているのは、ある部分で「機能的消費」が行なわれているからです。

「別に高級なものじゃなくてもオシャレになれるし、これで十分」というのが「機能的消費」です。

「記号的消費」は、ブランド品を買ったり高価な車に乗ったりすることによって、社会的にこういう人間と見られるための消費。それはなくなってきています。

じゃあ、人間は「機能的消費」だけで我慢できるのかというと、そんなことはありません。

消費というのは社会的行為なので、「機能的消費」ばかりしているとつまらないんですね。

それでどういう消費が生まれるかというと、「共感的消費」です。

例えば、この商品に込められた想いへの共感であったり、この商品を売っている人への共感であったり。

そういうふうに共感する消費が増えてきていると思います。

あるいは、友だちが勧めてくれた映画、「こんなにいい」と話してくれたからそれを見るというのも、「共感的消費」です。

信頼している人や親しい友達が「いいよ」と言ってくれたら、「ちょっと見てみようかな」とか「ちょっと買ってみようかな」ということでするのが共感の消費です。

日頃から、その人に共感している部分があるからです。

そういう「ハイコンテクストな消費」が多くなっています。

「機能的消費」はモノの発想です。

ですから、共感の消費をつくり出していくことが大事です。

同じような飲食店が2軒並んでいて、同じようなメニューで同じ値段だったらどっちを選ぶかというと、共感があるほうを選ぶということです。

きっと、ソーシャルメディアの発達で、「記号消費」の意味がなくなりました。

自分はメルセデス・ベンツに乗るような人間なんだと示すためにメルセデス・ベンツを買うというのは、クルマだけならいいですが、日々ソーシャルメディアでその人の生活が透明化していくと、意味をなさくなります。

本人がソーシャルメディアをやっていなくても、周りの人たちがやっていたら、多かれ少なかれ、露わになっていきますから演じ続けることができないわけです。

必要なモノはもうすでに持っていて、不足なものがない時代です。

そういう満腹状態の生活者に、モノを買ってもらうためには、「共感」を作り出し、好きになってもらうことが肝要です。

あなたの商品やサービスが「共感消費」になっているかをチェックしてみましょう。


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