不快感を上手に扱うことが幸せへの近道

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これは私の個人的な意見ですが、エアコンほど生活を楽にしてくれるものはありません。

現代人は気温ですらコントロールする力を持っています。




何を着ていようと常に快適でいられるのです。

なんて凄い力でしょう。

家で水着を着たいと思えば部屋の温度をちょっと上げればいいし、また冬の分厚いコートを着たかったらエアコンを思い切り下げればいい。

凄い力です。

エアコンを開発したことで人間は気温さえもコントロールできるようになりました。

これは実に象徴的なことです。

と言うのも、面白いことに多くの人は退職後の生活を語るとき、こう言います。

「暖かい所に住みたい」

人は人生の重大な決断を温度の調節、快適さで決めているのです。

1970年代にもクルマと家にエアコンは不可欠だと言った人々は一定の割合でいました。

しかし数は多くありません。たった13%です。

10人に1人くらいしかクルマにエアコンを付けるべきだと思っていなかった。

家にエアコンが必要だと思っていたのは25%。これもそんなに多くありません。

時間は一気に飛んで20年後の1990年代。当然、数字は上がっています。

突然、人々は「ドライブには快適な空気が必要だ」「クルマにはエアコンは不可欠だ」と思い始めました。

ここを強調しているのは、それだけ大きな変化だったからです。

スイッチひとつでヒーターやクーラーが入る。

みんなはそれを当たり前だと思っているかもしれませんが、これは快適さへのこだわりが生んだものです。

私だってそう。冬のヒーターや夏のクーラーは大好きです。

しかし、エアコンが無かったら耐えられないという考えは私たちが環境に適応する能力や強さを失っている証拠に他なりません。

【重要】
快適さによって環境に適応する能力や強さを失う

これこそがいわゆる「快適さ中毒」です。

快適な生活を経験しすぎることで起こります。

温かいシャワーを浴びたあと、エアコンの涼しい風を感じ、着心地のいい服を着て、ふかふかのベッドに横になる。

これらはすべて体で感じる快適さです。

身体的な快適さを感じると人はリラックスします。

体力を使わずに済み、カロリーも精神的エネルギーも温存されます。

エネルギー消費が少ないので人はさらに、この状態を求めます。

こうした快適さの欠点。

精神的・身体的エネルギーを使わないでいると人は自然に退化してしまうのです。

そして、もうひとつ。アメリカ社会に蔓延しているものがあります。

ネガティブな感情に対する拒否反応です。

【重要】
精神的・身体的エネルギーを使わない人は退化してしまう

現代の遊具は安全なプラスチック製だったり、落下事故を防ぐために砂やウッドチップを地面に敷き詰めたりと安全管理が万全なものばかりです。

それを旧式の遊具。古い樽や使い古したトラクターのタイヤに変えたんです。

快適な遊びが不便で不快なものに変わりますね。

最初に反応したのは教師たちでした。

教師たちは心配します。

子供たちが怪我をして親から苦情がくるのではないか、学校で怪我をしたら辛い思いをするのは親なのではないか。

樽やタイヤなどを見たとき教師たちが真っ先に思ったのは危険な物だという印象でした。

プラスチック製の遊具と違い、安全性と楽しさのバランスをとらなければなりません。

まるで子供たちに「危険すぎることはしない程度に安全に遊びなさい」というメッセージを送っているようですね。

遊具が取り替えられたあと、先生たちは喜ぶ結果になりました。

子供たちは以前より創意工夫して適切な範囲で冒険しながら互いに助け合うようになったのです。

創造力も高まって活動的になり生き生きしてきました。

これは古い遊具で遊ぶリスクや大変さと擦り傷などの不快感が良い方へ作用した例です。

快適さを求めるあまり私たちは不快感に対する抵抗力を失っていると言われています。

快適さを求めて進化してきたのが人類の歴史である一方、過度な快適さの追求によってストレスの元を増やし、余計なイライラを作り上げている可能性はないでしょうか。

逆境・挫折とは自分が心に抱く不快感のことです。

それと向き合い、受け入れることが不快感を小さくし、幸せへの近道です。

つまり、自分を不幸にしそうな不快感を上手に扱うことで幸せをもたらすことができます。


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