韓国がIMF危機からV字回復した経緯

韓国のIMF危機
アジア通貨危機でIMFの支援を受けた韓国は、支援の条件として、以下の6項目の実施を約束させられました。




①経常収支の改善

②財政収支の黒字化

③インフレ抑制

④外貨準備の積み増し

⑤金融改革

⑥市場開放

まず、①の「経常収支の改善」と②の「財政収支の黒字化」は、コインの裏表のような関係で、借金を減らして財政収支を黒字化すれば、自然と経常収支も改善します。

そこで、韓国では公務員の給料の引き下げ、年金や社会保障費の削減、公共投資の縮小などを実施して歳出をカットすると同時に、石油税や所得税の増税を行って歳入増を図りました。

次に③に「インフレ抑制」のために、金融の引き締めを行いました。

金融の引き締めは、通常は良くなりすぎた景気の過熱感を冷まし、物価を抑えるために行うのですが、このときの韓国は、景気は悪いのだけれども、自国通貨が下がったことでインフレになっていたので、金融を引き締めて自国通貨の暴落を止めなくてはいけなくなっていたのです。

ただでさえ景気が悪いところに、さらに金融の引き締めを行うものですから、一層、景気が冷え込んで、国民生活が厳しい状況に追い込まれました。

④の「外貨準備の積み増し」は、自国通貨が暴落しそうになったときの防衛手段として要求されたものです。

⑤「金融改革」については、経営難に陥った金融機関の閉鎖や統廃合を行い、金融機関の体力強化と立て直しを約束させられました。

また、韓国では通貨危機が起きるまで、財閥系企業の寡占状態が続いていましたが、IMFの指示で財閥の解体が進められると同時に、⑥の「市場開放」が進められました。

外国人による韓国企業の株式保有限度を26%から55%まで引き上げたり、外国人による金融機関の合併・買収を認め、それまで閉鎖的だった韓国市場に海外企業が進出しやすくしたりしたのです。

これらの改革はいずれも韓国政府と国民にとっては痛みを伴うもので、再建計画が進められていた間は、大きく景気が落ち込むことになりました。

アジア通貨危機の起きた翌年、1998年の経済成長率はマイナス6%、前年はプラス6%の成長率だったので、一気に12%も落ち込んだ計算になります。

また、失業率も前年の3%から1998年は8%近くにまで跳ね上がっています。

韓国国内では、この間の出来事を「IMF危機」と呼び、朝鮮戦争以来最大の危機として語り継がれています。

ただし、韓国の成長率は危機の翌年の1999年からV字回復を果たし、あっという間に成長軌道に戻っています。

これは、通貨危機で通貨が暴落したことにより、輸出競争力が増した電気機械産業が復活したからです。

とくに、折りしも後にITバブルとして記憶に残ることになるアメリカの景気拡大に支えられたコンピュータ、半導体、液晶表示装置などのIT関連や自動車などの輸出拡大が、韓国復活の立役者となったのです。


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