国際金融センターの地位を得ることが国力を高めることにつながる

ウォールストリート
これまでの長期金利の動きを見ると、民主主義が成熟して国民の合意が反映しやすい国になるほど、長期国債の利回りは低下する傾向があります。




「その国の国民が自分たちの未来の世代のために不利益となることをしない」という予想を、市場は民主主義国家に対して持つのです。

たとえばイギリスは18世紀初頭まで世界の覇権を握りました。

この時期のイギリスは、他国に先駆けて選挙制度を拡大するなど、民主主義を少しずつ広げていきました。

そして、この時期のイギリスの国債金利は、常に他国よりも低めだったのです。

イギリス国民は自分のリスクになる財政運営をしない、という投資家の予想があったのです。

国債取引の中心は、19世紀から現在に至るまでロンドンのシティと、ニューヨークのウォール街の2つです。

アメリカとイギリスは国力の源泉として意図的に、銀行、証券会社、機関投資家などの金融機関、そして取引所を育ててきました。

19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したドイツの社会学者マックス・ウェーバーは「強力な取引所や大銀行の資本は経済上の闘争における権力手段、これに尽きる」と論文『取引所』で洞察しています。

これはフランクフルトの金融市場の整備を主張するために書かれました。

しかしフランクフルトの存在感は結局、シティを超えられませんでした。

ドイツが「ものづくり」で優れているのに、イギリスから経済的覇権を奪うことも、2度の戦争に勝つこともできなかったのは、フランクフルトがロンドンのシティからヨーロッパの国際金融センターの地位を奪えなかったことが一因でした。


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