いずれ政府債務は国民の一人ひとりに降りかかってくる

日本国債
不思議なことに日本では「国債発行を誰が決めたのか」という責任の所在がはっきりしません。

自民党、民主党を問わず、あらゆる政党が国の支出の増加を唱え、議会は税金を使うことばかりを考えました。




多くの国民もそれを許容し、それどころか何かあると国の責任だとし、補助金の形で国の支出を求めてきました。

それが歳入と歳出のギャップを広げることとなり、財務官僚の起案による国債の大量発行へとつながってきました。

しかし、この国債の大量発行について、議会が真剣に議論した形跡はありません。

議会から選ばれた内閣もそうでした。

日本のあらゆる場面で「責任のあいまいさ」が指摘されますが、財政赤字および国債発行の面でも日本では責任があいまいです。

「議会が決定し、国民一人ひとりが引き受ける借金の証文」という国債の本質から考えると、日本国債の危険性がわかるでしょう。

いずれはその政府債務は、私たち国民の一人ひとりに降りかかってくる問題なのです。

現代日本の国債の累積に誰も責任を取っていないのです。

日本経済がうまく回っているときは、こんなあいまいな状況でも何とかなりました。

ところが今、日本経済は衰退を始め、危機的状況にあります。

発行者の責任のあいまいな日本国債への信任が壊れつつあるのも当然です。


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