穀物生産の危うい現状

オガララ帯水層
現生人類の人口の推移を調べた研究によりますと、1万年前に500万~1000万人、紀元前2000年で2700万人、紀元1年で1億人、西暦1500年で5億人、1800年で9億5000万人、1900年で16億人、1930年で30億人、1970年で40億人、そして2011年に70億人を突破しました。

この人口増加を支えてきたのが、驚異的に高い生産性を誇る植物である「穀物」の栽培です。

実際、人口増加に歩調を合わせるように穀物生産量も増加してきましたが、実は1950年代までの穀物増産は、すべて耕作面積の拡大によるものでした。

つまり、耕地面積が増えた分だけ収穫量が増えていたわけです。




現在の穀物栽培の原型は、1万数千年前のメソポタミアの「肥沃(ひよく)な三日月地帯(Fertile Crescent)で始まったとされていますが、そのころから1950年頃までは、農機具が鉄器に変わり、牛馬がトラクターに変わったくらいで、農業の基本的なやり方は1万年前とほとんど変化していなかったとされています。

しかし、1960年代に始まる「緑の革命」が、穀物生産と食料生産に大革命をもたらします。

実際に、1960年頃から、世界の耕地面積は増えていないのに、単位面積あたりの収穫量(反収=たんしゅう)は右肩上がりに増大していて、それはまさに、人口の爆発的増加にピッタリと一致しています。

緑の革命とは要するに、化学肥料や農薬の大量使用、機械化と大規模化、品種改良、灌漑技術の進歩などがもたらしたものですが、その中核をなすのが、窒素肥料の開発と、灌漑技術の進歩とされています。

窒素は生命の維持に欠かせない元素で、大気中に豊富に含まれますが(地球の大気の78%は窒素、21%は酸素です)、窒素は反応性に極めて乏しく、わずかにマメ科の植物が、共生根粒菌(こんりゅうきん)の作用で大気中の窒素を固定して利用できる程度です。

1960年以前の農業の反収(たんしゅう)が増えなかったのは、この土壌中の窒素濃度が、収量のボトルネックになっていた為らしいです。

しかし、20世紀初頭にアンモニア合成法が発見され、そして窒素肥料が合成されたことから、事態は一気に変化しました。

植物の生長に必要な窒素を空気から作ることができるようになり、好きなだけ投与することが可能になったからです。

これにより、連作障害(同じ作物を何年も続けて栽培すると、土壌の窒素が失われます)を気にせずに耕作することが可能になりました。

その結果、耕地面積は同じでも、以前の何倍もの穀物が収穫できるようになり、その穀物が60億人、70億人と増えていく人類の食を支えてきたわけです。

しかし、これはいわば、地球と植物が2億年かけて作り上げた共存のルールに対する、人間側の宣戦布告であり、謀反(むほん)でした。

この結果、緑の革命開始からわずか40年ほどで異変が起き始めたのです。

過剰投与した窒素肥料が湖沼(こしょう)や海に流れ出し、富栄養化(ふえいようか)を起こしたのでした。

この結果、世界各地の海岸を繰り返し赤潮(あかしお)が襲い、沿岸漁業に深刻な打撃を与えるようになりました。

そして同時に、右肩上がりに順調に伸びを続けてきた全ての穀物と大豆の反収が、2005年頃から頭打ちになり、国によっては減少し始めているのです。

さらに、肥料中の窒素は浸透して、地中微生物の作用で硝酸(しょうさん)に変化し、それが世界各地で深刻な地下水汚染をもたらしている、要するに、緑の革命の神通力は、すでに限界に達してしまったようです。

同様に、紀元前6000年頃に始まった灌漑農法も、乾燥した不毛の大地を緑の耕作地に変えましたが、やがてこれが塩害をもたらすことになりました。

同じ耕地に水を撒(ま)くことで、水が次第に地中に浸透し、そこで地中奥深くに眠っていた塩と出会って塩水となりました。

やがて塩水は浸透圧差で ゆっくりと上昇して地表に顔を出し、水分が乾燥して塩が残ることになります。

これが塩害です。

耕地を増やそうと、乾燥した地域に大量の水を撒けば撒くほど、塩が上がってくるのです。

もちろん、塩が析出(せきしゅつ)された土地では、ほとんどの作物は栽培不可能となりました。

このような塩害が世界各地の農地で起きているのです。

さらに、地下水の枯渇も深刻です。

たとえば、世界の穀倉地帯であるアメリカ中西部は、1930年代までは乾燥した荒地(あれち)でした。

ですが、この地域の地下に豊富な地下水を含むオガララ帯水層が発見されたことから事態は一変します。

いかに容赦なく太陽の照りつける乾燥地でも、そこに水があれば農業が可能になるからです。

灼熱の太陽光は、地下水のおかげで作物の光合成に最適なものとなりました。

そして、この不毛の大地は、短期間で大穀倉地帯に変貌することになります。

現在もオガララ帯水層は、アメリカ全土の灌漑に使われる地下水の3分の1を賄(まかな)い、帯水層の上にあるいくつもの大都市の人々の生活と工業を支えています。

しかし、この無限に思えたオガララ帯水層も、実は有限な資源でした。

取水(しゅすい)できる水位が毎年低下しているのです。

専門家の間では、オガララ帯水層は、あと25年ほどで枯渇するという意見も多いそうです。

そして、アメリカ同様、地下水を汲(く)み上げて灌漑農業を行なっている全ての地域で、地下水位の低下が起きているかというと、NASAの人工衛星が地球の重力の明確な変化として検出可能な程度というから、尋常ではありません。

1960年代、地球の人口は12億人あまりだったのが、そのころ、地球規模で緑の革命が始まります。

それにより人類は食べきれないくらいの量の穀物を手にすることができ、それから60年間で70億人まで増加することができました。

しかしそれは、地球の重力を変えるくらいの地下水を汲み上げて利用することで成立していたのです。

要するに、現在の大穀倉地帯での穀物農業は、環境破滅型農業であり、どこかで必ず限界に達し、破綻するシステムだったのです。

オガララ帯水層は数百万年かけて形成されたと考えられますが、我々はそれを、わずか数十年間で飲み干そうとしているのです。

日本人の食べている穀物や肉の多くは、オガララ帯水層を使って作られているのですから、私たちも地下水鯨飲(げいいん)に参加していると言えます。

要するに、地球上の淡水の総量に比較して、70億人は多すぎるのでしょう(・・・しかも、あと30年足らずで、世界人口は ほぼ確実に90億人を超えます)。

そして同時に、慢性的な水不足に苦しめられる人々が増え始めました。

1960年頃までは、乾燥地域に暮らす人々でも水の心配をせずに生活できていたのに、2000年では5億人が水不足に苦しめられるようになり、現在では7億人を超える人が、水不足のために生命の危機に瀕(ひん)しています。

この「淡水不足」問題の根本は、水の物理的・化学的特性にあります。

液体は重力に従って移動して位置エネルギーを最小にしようとしますし、水は何でも溶かし込む優れた溶媒です。

ですから地表の水は必然的に海か地下に移動し、地球の水の大半は塩を溶かし込んで塩水になります。

もちろん、海水が蒸発して陸地に雨となって降れば淡水化されますが、海面からの蒸発量は太陽からの熱エネルギーで一義(いちぎ)的に決まってしまうため、人間側が制御できないのです。

ですから この淡水不足問題は、画期的な海水淡水化の技術が開発されない限り、おそらく
解決不能と思われます。

これらの事実から、どういう未来が描けるでしょうか。

少なくともそれはバラ色ではなさそうです。

1万数千年間に亘(わた)って人類の胃袋を満たし続けてきた穀物は、これ以上増産できそうにありませんし、それどころか、穀物の生産量は今後、減少していく可能性が極めて高いのです(耕地面積を増やす余地は地表には、もう残っていませんし、反収も減少し始めているからです)。

もちろん、地球温暖化の進行とともに、穀物栽培が可能な地域も両極地方に移動していき、たとえば北半球では、シベリア地方が耕作可能地域になる可能性はありません。

ですが、その地域で、アメリカ中西部と同じ程度の穀物生産が出来るかというと、話はそれほど単純ではないようです。

高緯度地域と中緯度地域では日照時間に差がありますが、植物は一般に、長日性・短日性という言葉が示すように、日照時間に関しては極めて保守的で融通の利かない生物であり、緯度の違いを乗り越えるのは困難なことが多いからです。

糖質制限について説明すると必ず、「人類が70億人まで増えることができたのは穀物、すなわち糖質のおかげです。

全人類が糖質制限をしたら、たちまちのうちにタンパク質源を食い尽くしてしまう」と反論する人がいますが、実は、その穀物生産そのものが、危うい状況にあるのです。


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