世界的な金融危機が起こる可能性について

金融危機
2008年9月のリーマン・ブラザーズの破綻を契機に金融危機が起こり5年が経ちましたが、根本的な問題が依然として解決されていないため、再びメガバンクが破綻するような世界的な金融危機が起こる可能性があります。




世界的金融危機の火蓋を切ったアメリカでは、銀行を規制する法案が議会を通過しましたが、ロビイストたちから徐々に骨抜きにされています。

『ニューヨーク・タイムズ』によりますと、ロビイストたちが、金融規制を弱めるために、法案の一部を書き換えさせたそうです。

このようなことは、ワシントンでは日常的に起きています。

選挙という問題もあります。

アメリカの選挙は莫大な企業献金に頼っていて、議員は退職後の就職先も考えなくてはならないため、企業の要求をのむ行動をしてしまいます。

結果的に、政府が金融機関を規制できなくなっていきます。

それどころか、他国の金融機関も規制できなくなってしまい、新たな世界的な金融危機の土壌ができ上がってしまうのです。

金融危機の再発を防ぐためには、政府が金融機関を規制する必要があります。

現在唯一、市場原理だけで動いているのが、金融業界です。

だから何度も破綻するのです。

市場原理にだけ頼っていたら、どんな業界も破綻は避けられません。

実際、金融業界は、ほぼ10年に一度くらいの頻度で、危機に見舞われています。

レーガン、クリントン、ブッシュという歴代の大統領が、規制緩和を推し進めたため、金融危機が起きたのです。

市場への政府の管理ということについてIT革命を例にあげてみましょう。

ITは起業家がイニシアティブを取り、消費者が選択するような市場で開発されたものだったでしょうか?

答えはノーです。

コンピュータはアメリカ政府が何十年もの間、莫大な助成金を使い、MITで開発したものでした。

もちろん、民間企業も何社かは関わりましたが、複雑で大きなリスクを伴う産業の場合、多くは国が管理した後に、市場を開拓するために民間企業の手に移行しました。

こうしたシステムは、市場経済と言えないでしょう。

それが、金融業界だけは例外的に野放しにされていて、しかも政府には、大きすぎるものは周囲への影響力が大きすぎて潰せないというポリシーがあるため、メガバンクに手が出せないのです。

そしてこのポリシーに甘んじて、メガバンクはハイリスクな投資や、低信用度の顧客への融資を行うわけです。

一方、投資家も、安全な投資とは、政府が債務を棚上げしたり肩代わりしてくれる部門への投資だということを心得ています。

その意味でアメリカが、自由経済の社会を標榜しているのが不自然に感じます。

1770年、アメリカはイギリスから独立を果たすにあたって、当時の著名な経済学者アダム・スミスから、健全な経済体系を構築する方法についてアドバイスを受けました。

その時、スミスがアメリカに与えたアドバイスは、現在の世界銀行やIMF(国際通貨基金)が発展途上国に与えているアドバイスと同じものでした。

すなわち、市場原理を導入せよというものです。

具体的に言えば、当時のアメリカの得意分野は農産物でした。

そのため、農産物をイギリスに輸出し、イギリスからは優れた工業製品を輸入すれば、アメリカ経済は発展していくと、スミスは述べたのです。

ところが、市場原理に身を委ねた国々はその後、第三世界と化していきました。

アメリカは、スミスのアドバイスに、結果的に従いませんでした。

まず、非常に高い関税を課して、イギリスから優れた工業製品が入ってくるのを防ぎました。

そして、ヨーロッパよりも優位に立っていた綿花の生産を拡大し、そこで得た利益で繊維産業を発展させていきました。

その上で、国の手厚い保護のもとで莫大な助成金を与えながら鉄鋼業を発展させ、強大な国家に変貌を遂げたのです。

つまり、資本主義の発展には、国家の力が必要で、国家が主導する経済こそが、望ましい姿だということです。

今日、すべての社会は、政府が介入する経済に依っていると言えます。

「東アジアの虎」と呼ばれた韓国、台湾、香港、シンガポールも、政府に経済が管理されながら発展していきました。

韓国の場合、前世紀後半の高度経済成長期には、資本を国外に移転させた企業経営者には死刑が科されたほどでした。

台湾も、先端技術の海外移転に投資することは非合法でした。

中国は、資本主義国家とはまた別な形態の社会システムを取っていますが、資源や技術が国の強い管理を受けながら発展しているという点では同様です。

過去20年間、中国は見事な成長を遂げてきましたが、これはまた、非常に誤解を招く成長とも言えます。

中国はいまだにとても貧しい国だからです。

国連発表の死亡率や国富など様々な観点から分析している「人間開発指数」では、中国は世界で101位です。

社会の経済的な健全さを判断するには、生産能力だけでなく、それにかかるコストも計算せねばなりません。

中国の場合、先進国とは比較にならないコストを抱えています。

環境問題はもちろん、農業用地や水などの資源が欠乏している問題は、みなコストになります。

そのため、中国経済の現状を正確に分析すると、成長率は非常に低くなってしまいます。

中国経済の成長が、輸出に依存し過ぎていることを問題視する声もありますが、そこにも統計の誤解があります。

たしかに、中国経済の成長は輸出の比率が非常に高いですが、実際には、ほとんどが欧米先進国の利益になっています。

例えば、アップルのコンピューターは、中国南西部で製造されていますが、完成品における中国の利益はごくわずかなのです。

ソフトウエアや先端部品は、中国以外の国から輸入して組み立てているからです。

いまの中国は、ゆっくりと〝技術の階段〟を上っているところです。

太陽光パネルのような分野では、すでに世界をリードしていますが、まだまだ商品にわずかな価値を加えているだけの状況なので、依然として貧国から脱却できずにいます。

軍事的視点から見た場合、中国は何の脅威もありません。

まだ「アメリカの足元にも及ばない」段階です。

中国の目的は、交易路である自国周辺の海域をコントロールすることです。

この海域は、日本や韓国、台湾、さらにはその背後にいるアメリカという〝敵国〟に囲まれているため、中国は防衛目的から、海域をコントロールしたいと考えているのです。

一方、アメリカは、中国の海域に自由にアクセスしてコントロールしたいと考えています。

しかし、それは不均衡なことではないでしょうか。

カリフォルニア沖では、中国沖で起きているような揉め事は起きていないのですから。

数年前、米中間で対立が起きた時、アメリカは空母ジョージ・ワシントンを中国近海に送りましたが、中国側の主張によれば、空母には北京を攻撃できる核ミサイルが搭載されていました。

アメリカは当然そうする権利があると考えていたのです。

しかし、もし逆に、中国がワシントンを攻撃するような核ミサイルを搭載した空母をカリフォルニア沖に配備したとしたら、アメリカはどう対応するでしょうか? 

おそらく戦争を起こすでしょう。

このように、アメリカには非常に根強い帝国主義的傲慢さがあるのです。

そのような米中関係におけるアメリカの帝国主義的傲慢は、昔からありました。

1949年に中国は独立を宣言しましたが、このことをアメリカでは「中国を喪失した」と捉えました。

実際、当時の国務省では中国を喪失させたと疑われたアジアの担当者たちを処分し、その後のマッカーシズムの下地にもなりました。

「中国を喪失した」とはどういう意味でしょう?

例えば、私は自分の携帯電話をなくすことはありますが、他人の携帯電話をなくすことはできないでしょう。

同様に、世界のどこかの地域を、アメリカが自由にコントロールできなくなったら、それは「喪失」ということになるのでしょうか。

まさに帝国主義的な傲慢です。

尖閣問題は、日中双方が自国の領土だと主張しているので、2国間だけで解決するのは難しいでしょう。

大事なのは、日中の商船が、互いに相手国の海域にもっと自由に入っていける国際的な取り決めを行うことです。

アメリカが主導した1951年のサンフランシスコ平和条約によりますと、日本の戦争犯罪は、日本軍が真珠湾を攻撃した1941年以降に限定されています。

これに対して、アジアの人々は、日本の主要な戦争犯罪は、1930年代に起こっていると考えています。

このことが問題を複雑にしています。

さらに言えば、日本の真珠湾攻撃は、アメリカの攻撃計画に気づいていた日本からすれば「自国の脅威に対する先制攻撃」です。

これはいまのアメリカと同じ基準であり、実際にアメリカはこの基準に従ってイラク戦争を起こしました。

それなのに、アメリカにとって、イラク戦争は正当な戦いで、真珠湾攻撃は不当な戦いです。

これも、帝国主義的傲慢さに起因した考え方です。

いま日本で行われているアベノミクスは壮大な実験のようなものです。

実験が成功するのか、それとも失敗に終わるのか、正直なところ、まだよく見えません。

ただ、日本を何とか成長させようと行動を取ったのは、賢明だと思います。


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