自分の軸を再認識して強化することで人生を意味深いものにできる

街を歩くと当然ですが、たくさんの人たちを見かけます。
名も知らぬ人、人、人・・・。背広に身を包み、毎日、毎日、満員電車で会社に通い、小さな幸せを心で大きく育てている人たちもいます。

家と会社、同じ道を車で通い、ときたま飲みに出かけては心に溜まった感情の削りカスを吐き出して、また翌日スッキリした気持ちで、いつもと同じ時間に起き、通勤する人たちもいます。

寒空の下、道路を修復する人、炎天下で汗だくになり次の目的地に向かうビジネスマンも、しかめっ面で書類を見ながら、公園のベンチでコンビニのサンドイッチを食す女性もいます。ふとしたとき、彼らがこの国を支えているんだと、私は思いました。




分厚い層を構成している一般の人。なかには多くを考えず、マスコミに踊らされたり、目先の欲に振り回されたり、大きなものに巻かれたり、幅の狭い価値観に縛られたり、会社という限られたフィールドの規則に、がんじがらめになったりして生きている人もいます。

みんな、何かに笑って、何かに縛られ、何かを呪って、何かを求めて生きています。
上手に楽しむ人もいますが、のたうちまわっている人もいます。
すっかり諦(あきら)めている人もいれば、欲に駆(か)られて翻弄(ほんろう)されている人もいます。

決して少数ではありません。実は大多数の人が、こうやって生きているのです。
しかし、日本を支えているのは彼らです。

ある映像を観ていたら、「こうしないから天才が育成できないんだ」と、どこかの先生が言っていました。
質疑応答で手が挙がり、「天才は一部の人で、大抵はその他大勢でいいのではないか?」と意見が上がりました。
「部下に天才がいると扱いにくい」という主旨でしたが、そのことに私はビックリし、そのあと何故か「なるほど」と合点(がてん)がいきました。

組織運営の観点で見ますと、創業当初は癖のある面白い人間が集まり、泥臭く起業し、事業を走らせていますが、ある程度軌道に乗り、人数が増え、組織化されてきたときに、癖のある創業メンバーはお役目が終わり、居づらくなってきます。

また組織を構成する人間も、癖がある人よりは従順な人のほうが統率が取りやすくなってしまうのです。その行く末が、分厚い層の一般の人を育成してしまう教育となってしまうのです。

しかし、これからの時代は、それでいいのでしょうか?
日本は、生産国として国を繁栄させるには、労働賃金が高すぎます。
いままでになかったサービスや、技術、手ごたえのあるコンテンツを世界に広げていかなければなりません。自ずと、個性的な人材が必要となります。

おもしろい発想をし、それを行動に結びつける機動力があり、トライアンドエラーから意図以上のおもしろい結果までたどり着くことができる魂と体力のある人を世に送り出したい。
豪傑でも、しなやかでも良いから、アスファルトを穿(うが)つような雑草力を持ったおもしろい人間を生み出す、また組織の中で彼らを守っていくような教育が求められています。

実際、世の中は、情報が洪水のごとく脳の中に押し寄せ、自分と向き合う時間が なかなか持てません。昔の人間が一生で出会う情報量を、今の人たちは数年で体験します。
ちょっとした隙間の時間も、スマートフォンやテレビ等が黒く塗りつぶしていきます。

孤独や退屈になる暇もありません。もし孤独感や、退屈だと感じる時間に遭遇したなら、自分と向き合える絶大なるチャンスです。
「制限がないなら、どんな人生がいいのか?」「本当は どう生きたいのか?どう在りたいのか?」と自問自答することができるチャンスなのです。

いかに この情報の洪水から、必要じゃない情報を捨てることができるか?
そして自分と向き合い、自分の生きる軸は何なのかを考える時間を確保することが、より重要な時代となっています。

自分が信じていること、自分が望んでいること、自分が感じていること、それら全ても、実は誰かからの刷り込みで、知らず識らず、それらを自分の心の声としてしまっているが、本当は違うのではないかと疑ってみてください。いろんなことを体験している自分、その自分は一体誰なのか?と考えてみてください。

物事の本質や真理を探究し、自分の軸を再認識し、強化します。
さらに深い問いを自分に投げかけ、もう一歩先の自分を誘(おび)き出します。
これが自分を削り出す作業であり、人生をよりおもしろく、より意味深いものにしてくれると、私は信じています。


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