哺乳類はなぜ、哺乳を始めたのでしょう?

母乳
なぜ哺乳類は子供(新生児)を哺乳によって育てることにしたのでしょうか。

なぜ爬虫類のように、「孵化(ふか)後は世話をしない」というスタイルを選ばなかったのでしょうか。

この問題について、様々な面から思考実験してみます。




まず、生まれてくる子供のサイズの問題、つまり、なぜ哺乳類の子供は小さいのか、という問題です。

理論的に考えれば、確実に子供を残すには、親と同じサイズで十分な運動機能を持つ状態の新生児を出産したほうがいい。

これなら、誕生した直後から子供は自力で生活でき、出産後に死亡する率は最低となります。

もちろん、それが不可能な理由は誰でも思いつきます。

出産直前の母体の体重が倍になってしまっては、母体は動けなくなり、捕食動物の恰好(かっこう)のエサになるからです。

さらに、その体重を支えるための四肢の骨強度も倍にしないといけませんし、腹部の皮膚の強度も増す必要も出てきます。

同様に、卵生の動物でも、親と同じサイズの卵は作れません。

卵の重量(=体重)は長さの3乗に比例して増大するため、卵の直径が2倍になると重量は8倍になり、卵の殻をそれに耐える厚さにしないと卵は自重(じじゅう)で潰れてしまうからです。

しかも、殻を厚くすると、今度は卵の中の子供が殻を破って出られなくなってしまいます。

現生陸生動物で、ダチョウより大きな卵を産む動物がいないのはそのためでしょう。

このような理由で、卵生にしろ胎生にしろ、「親より小さい子供を産む」しか選択の余地はありません。

あとは、子供の生存率と子供を作るのに要するエネルギー量を天秤にかけ、生まれてくる子供のサイズと子供の数の最適値を決めればいい。

ですが、それでも、なぜ哺乳類は母乳で新生児を育てるのか、という謎は解決出来ません。

小さく生んだからといって、母乳を与えなければいけないという理由にはならないからです。

次に、生まれた子供の食物の問題を思考実験します。

選択肢は、「親と同じもの・似たようなものを食べる」と、「親と異なったものを食べる」の2つがあります。

前者を選択しているのは魚類、爬虫類、鳥、不完全変態の昆虫(バッタやカマキリなど)、後者を選択しているのは哺乳類と完全変態をする昆虫です。

つまり、哺乳類は新生児期のみ母乳で育ち、完全変態する昆虫は幼虫時代と成虫で食物が異なります。

この2つの方式で異なってくるのは、大人(成獣)になる前に消化管の仕様変更が必要か必要でないかです。

つまり、「親と同じもの・似たようなものを食べる」方式では、消化管の構造・機能はそのままでサイズだけ大きくすればいいのですが、「親と異なったものを食べる」方式では、成長の途中で食物が変わるために、消化管の仕様変更が必要になります。

人間で言えば離乳期、昆虫で言えば蛹(さなぎ)の時期が、それに相当します。

完全変態する昆虫の場合には、たとえばカブトムシは、幼虫時代には腐葉土(ふようど)を食べていたのに、成虫になると樹液のみ、モンシロチョウの場合には、幼虫時代はキャベツなどアブラナ科植物の葉を食べていたのに、成虫になると花の蜜のみと、蛹の時期を境に食性が劇的に変化します。

この変化に対応するために、昆虫は幼虫と成虫の間に蛹という時期を必要とし、蛹の内部では幼虫の体のあらゆる組織を分解してドロドロ状態にし、それを幼虫の体の材料にして、あらゆる臓器を成虫仕様に組み立て直すという荒業を繰り出しています。

しかし、この「体の設計変更」の時期は、体の内部は嵐に巻き込まれているようなもので、極めて脆弱(ぜいじゃく)な状態と言えます。

実際、蛹の期間はほとんど動けなくなり、周囲に擬態(ぎたい)するしか身を守る手段がなくなってしまうのです。

人間でも離乳期は脆弱な状態となります。

たとえば、トウモロコシ栽培が定着した地域で、離乳食として柔らかく煮たトウモロコシの粥(かゆ)を与えるようになってから、離乳開始後に下痢が始まる乳児が増え、低タンパク血症による乳児死亡が増加したという報告があるからです。

「肉食主体の雑食動物」である人間の乳児にとって、炭水化物のみの離乳食は、時として命取りとなることを示しています。

他方の、「親と同じもの・似たようなものを食べる」方式にも問題があります。

これは、草食動物の場合と肉食動物の場合に分けて思考実験すると分かりやすいです。

まず草食動物の場合ですが、前述のように、草食動物は草そのものを吸収しているわけではなく、胃や腸に共生するセルロース分解菌に植物のセルロースを分解してもらい、細菌が作り出した栄養素や菌体成分を吸収することで生きています。

つまり、得られるエネルギー量や栄養素は共生細菌の数で決まり、細菌の数は胃や腸の容積で決まります。

一方、体積は長さの3乗に比例するため、体のサイズが2倍になれば、容積(=共生細菌数)は8倍に増えますが、体のサイズが半分になれば、容積は8分の1に減少します。

つまり、新生児の体長が親の半分の場合、食物から得られるエネルギー量は8分の1しかありません。

一方、体表面積は体長の2乗に比例します。

そして、体の表面から逃げていく熱エネルギーは体表面積に比例します。

つまり、半分サイズの新生児の表面積は親の4分の1、逃げる熱エネルギーも4分の1です。

ということは、得られるエネルギー量が親の8分の1で、外に逃げていくエネルギーは親の4分の1となり、獲得エネルギーがどうしても追いつかない計算になります。

その結果、どんどん体が冷えていき、やがて凍死することになります。

ですから、草食動物の子供は、ある程度の体のサイズにまで育ってからでないと、完全草食生活に切り替えられず、それまでの間、草以外の食物を必要とすることになります。

では、肉食動物の新生児は、親と同じ肉食が可能でしょうか。

まず、肉食水生動物の子供(新生児)の場合には、肉食が可能です。

水中にはプランクトンが豊富にいるからです。

プランクトンは移動能力が高くないため、新生児が口を開けて水を飲み込めば水と一緒に入ってきます。

あとは鰓(えら)などでプランクトンと水を分解すれば良いわけです。

ですから、1ミリ程度の卵から孵化したばかりの稚魚でもカニの幼生でも、とりあえずは何かを食べられ、肉食動物として生きていけます。

では、陸生動物ではどうでしょうか。

水中のプランクトンに相当するものといえば、陸上では、土壌中の細菌や原生動物、地表面の昆虫などが候補になります。

しかし、これらをエサにするのはかなり大変です。

まず、土壌中の微生物や原生動物は、数も種類も豊富ですが、土と微生物を選(よ)り分けることは不可能です。

水中の稚魚のように「とりあえず口を開けておけばプランクトンが入ってくる」ことはありませんし、第一、土を掘るなどの作業は新生児には不可能です。

もう1つのエサの候補でもある昆虫も、新生児が常食とするのは難しいです。

大抵の昆虫は運動能力が高く、生まれたばかりの動物(=大抵、運動能力が低い)に捕まるほどノロマではないからです。

しかも、昆虫の体は硬いキチンの外骨格で守られているため、これを食べるには強靭な顎関節と筋肉と歯が必要です。

つまり、陸生の肉食動物の新生児が、始めから肉食で生きることは不可能に近いのです。

もちろん、陸生で卵生の肉食爬虫類のように、ある程度の体のサイズで孵化し、しかもエサを丸飲みできるなら生きていけます。

爬虫類の場合には、哺乳類よりも基礎代謝が低く、哺乳類よりも少量の食物で生きていけることも、生まれたばかりの子供の生存に有利に作用しているかもしれません。

しかし、爬虫類は一般に卵をたくさん産むことから考えますと、孵化後の爬虫類の子供が肉食で生き延びるのは決して容易なことではなさそうです。

以上から、陸生動物の場合、草食動物にしても肉食動物にしても、生まれたばかりの子供が親と同じものを食べて成長するのは不可能か、困難であることが分かります。

その結果、全く新しい育児システムが必要になります。

かくして、太古の哺乳類の祖先は、「体の小さな子供を産み、親と違う食物で新生児期を乗り切る」という戦略を模索しました。

問題は、親と同じものが食べられるようになるまで、何を栄養源として生きていくかです。

必要なのは、タンパク質と脂質と必須ビタミン、微量元素などです。

それさえあれば、あとは新生児が体内で必要な物を合成できますし、いずれ腸内常在菌も助けてくれるはずです。

また食物の形状には固形のものと液状のものがありますが、新生児の咀嚼(そしゃく)機能は十分でありませんから、与える栄養物は固形ではなく、液体か半流動体のほうが適しています。

さらに新生児の場合には、保温にも注意を払う必要があります。

動物は体が小さいほど体表面積の割合が大きくなり、体表面からの熱放散が大きくなってすぐに冷えてしまうからです。

生まれたばかりの新生児の体表からの熱拡散を防ぐ唯一の手段は、新生児の周囲を体温まで温めることです。

外部の温度を体温と同じに保つことができれば、熱エネルギーの拡散は起こらないからです。

そのためには熱源が必要になります。

その熱源は太陽光以外には、親の体温しかありません。

つまり、親はなるべく子供の側(そば)を離れずに温めるという工夫も必要です。

以上の条件から、「親の体から分泌され、新生児の成長に必要な栄養素を含む液状のもので育てる」のがベストの選択となります。

しかし、そんな都合の良い分泌物があるでしょうか?

実は1つだけあります。

皮膚腺分泌物です。

偶然にも皮膚腺分泌物は、すべての条件を満たしていたのです。


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