ギリシャ政府がIMFに支援を要請するに至った経緯

ギリシャ支援
ギリシャでは、2009年10月に、それまでの5年間政権の座にあった新民主主義党が、ヨルゴス・パパンドレウ氏の率いる全ギリシャ社会主義運動に選挙で敗れて、政権交代が起きました。




パパンドレウ首相率いる新政権は、旧政権の財政運営について疑念を抱き、調査を実施しました。 

すると案の定、前政権が財政赤字を隠蔽していたことが明らかになったのです。

それまで、ギリシャの財政赤字はGDPの5%程度と発表されていたのですが、実際には13%で、公表数字の3倍近くの赤字があったのです。

さらに、政府債務残高もGDP比で130%にもなっていることが明らかになりました。

なぜ、ギリシャ政府はこのような隠蔽を行っていたのでしょうか?

その理由の1つに、ユーロ参加国の1つですが、1999年のユーロ導入段階では参加基準を満たしておらず、参加することができませんでした。

その後、なんとか参加基準を満たし、2001年にようやく晴れてユーロ参加国になれたという経緯がありました。

実は、ユーロ参加国は安定成長協定というものを結んでいて、「財政赤字額はGDP比3%以内」「政府債務残高はGDP比60%以内」という、財政規律を順守する義務を負わされています。

ギリシャが財政赤字の隠蔽を行ったのは、これらの財政規律の基準値をクリアできているようにみせかけるためでした。

では、そもそも何故ギリシャでこのように多額の債務が積み上がってしまったのでしょうか?

その理由は、財政規律の緩さにありました。

 
当時のギリシャでは、働いている人の4分の1が公務員だったのですが、その待遇が非常に恵まれていたのです。

さらに年金制度も手厚く、社会保障費が非常にかかる、歳出垂れ流しの財政構造になっていたのです。

一方で歳入面では、商店がレシートを発行せず、払うべき税金を払わないなど、脱税が横行していて、歳入が長期にわたって低迷していました。

要は、歳入も足りていないのに、国民が分不相応な待遇と社会保障を享受し、また国もその状態を放置してしまった結果、借金が雪だるまのように膨れ上がってしまっていたのです。

ギリシャ国債はその多くを外国人の投資家が保有していました。

そのため、一旦ギリシャの債務隠蔽が明るみに出ると、一気に投げ売られて、国債価格が暴落してしまったのです。

国債価格が暴落したので、金利は当然急上昇し、なんと最高で35%にまで達してしまいました。

こんな金利では、新しく国債を発行することはできません。

どうにもならなくなったギリシャ政府は、EUとIMF、および欧州中央銀行に正式に支援を要請することになったのです。

2010年4月23日のことでした。


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