なぜ脳はブドウ糖を主な栄養源にして脂肪酸を使わないのか?

ブドウ糖
糖質制限について説明すると、必ず出る疑問・質問として、「人間の脳はブドウ糖(グルコース)しか栄養に出来ないはずだ。炭水化物を摂取しなければ脳は動かなくなるはずだ」というものがあります。

それに対する答えは、「脳はケトン体(脂肪の分解により肝臓で作られる)も利用できるし、アミノ酸からの糖新生も行われているので、ブドウ糖が不足することはない」です。




ちなみに、人体の様々な組織や細胞の中で、ブドウ糖を主に使っているのは、脳、目の網膜、赤血球などであり、手足の筋肉や心臓の筋肉は、安静時や軽度の運動時には、脂肪酸をエネルギー源とし、激しい運動の時に限って、ブドウ糖を取り込んでいます。

いずれにしても、人体の多くの組織のエネルギー源は脂肪酸であり、ブドウ糖は例外的な組織でのみ、使っているわけです。

しかしここで、なぜ脳の主な栄養はブドウ糖なのか、という疑問を持ちませんか?

なぜ、筋肉のように脂肪酸を使わないのでしょうか。

脂肪酸を使ってはいけない特別な理由でもあるのでしょうか。

と言いますのも、エネルギー生成効率(ATP産生量)から考えますと、ブドウ糖よりも脂肪酸のほうが遥かに効率がいいからです。

人間の体のエネルギー産生の場は、細胞内のミトコンドリアであり、TCAサイクルという代謝系を働かせることで、ATP(=生体内のエネルギー共通通貨の化合物)を作りますが、1分子のブドウ糖から38分子のATPが作られるのに対し、脂肪酸の一種であるステアリン酸1分子からは、その4倍近い146分子ものATPが作られるのです。

ここから考えますと、何もわざわざ効率の悪いブドウ糖を使う必要はないはずです。

ましてや、脳は全身で最もエネルギー消費の高い器官であり、それこそ湯水のごとくエネルギーを使いまくっています(脳の重量は体重の2%程度ですが、全身のエネルギー代謝の約20%を消費しています)。

それなら なおさらのこと、ブドウ糖でなく脂肪酸を使うべきではないでしょうか。

脳がエネルギー源として利用しているのはブドウ糖とケトン体で、脂肪酸は利用しないと述べましたが、前者(ブドウ糖とケトン体)は水溶性物質、後者(脂肪酸)は脂溶性物質です。

この違いは、言い換えますと、細胞膜(=脂質二重膜)を自由に通れるか、通れないかの違いです。

脳が選んだのは水溶性物質のブドウ糖とケトン体であり、脂溶性物質は拒絶したと考えられます。

その理由について思考実験してみましょう。

脳の仕事とは何でしょうか。

それは、視覚や聴覚などの感覚器から入る膨大な情報を分析し、それを過去の記憶と照合し、現状の状況を判断し、必要な行動を決め、その命令を手足の筋肉に送ることです。

しかも、体を取り巻く状況は刻々と変化しますから、その時々に応じて適切な行動を判断し、逐一(ちくいち)、筋肉に指令を出さなければいけません。

人間の脳には250億~350億個もの神経細胞が詰まっていて、それらはシナプスという接合部で相互に結合しています。

そして、情報が入るたびに、シナプスから神経伝達物質が放出されて隣の神経細胞にキャッチされ、その神経細胞が別の神経細胞に情報伝達して、巨大な情報ネットワークを作っています。

つまり、私たちの脳では常に神経伝達物質が飛び交っていることになります。

そんな、情報伝達物質が飛び交う修羅場に、細胞膜を通過できる脂肪酸があったら、どうなるでしょうか。

もちろん、きちんとしたルールのもとで情報を伝え合っている情報伝達物質からすると、ルールを無視して動き回る脂肪酸は邪魔ものでしかありません。

それどころか、多種多様な脂肪酸の中には、情報かく乱物質として作用するものもあります。

これは[情報収集・統合・分析・行動決定]器官としては、致命的なバグの原因になりかねません。

ですから、脳は脂肪酸が入らないように工夫をしました。

脳を取り巻く血管に、blood-brain barrier(BBB、血液脳関門)という関所を作り、ブドウ糖とケトン体は通すが、脂肪酸は門残払いするというシステムを作り上げたわけです。

このような構造物は、脳だけではなく末梢神経系にも存在し(blood-nerve barrier、BNB、血液神経関門)、これもBBBと ほぼ同等の機能を持っているようです。

要するに、脳や末梢神経にとって、脂肪酸は使いたくても使えないエネルギー源なのです。

ちなみに、脳神経関門は脂肪酸を通さないと書きましたが、厳密に言えばこれは正しくないようです。

DHA(ドコサヘキサエン酸)は脳神経関門を通れるからです。

DHAは必須脂肪酸の1つで、魚などに含まれ、「魚を食べると頭が良くなる」ということで有名になった脂肪酸です。

頭が良くなるかどうかは別として、脳に多く含まれる脂肪酸で、おそらくは機能的というより構造的な役割を果たしていて、そのためにBBBを通ることが出来るようです。

また、EPA(エイコサペンタエン酸)のような、神経細胞の細胞膜に必要な、機能的な脂肪酸は、毛細血管の細胞膜から それが接する神経細胞の細胞膜へと直接的に受け渡しされる形で脳に供給されているようです。

その理由は、脳の神経細胞自体は増えることはありませんが、神経細胞間のシナプスは頻繁に作り変えられているからです((これをシナプス可塑(かそ)性といいます))。

そのためには大量の脂肪酸を必要としますが、この脂肪酸は、このような細胞膜同士の直接的受け渡しで脳に持ち込まれているのです。

それはさておき、脳にとって、ブドウ糖とケトン体は都合の良いエネルギー源です。

どちらも水溶性物質であって、細胞膜を自由に通ることは出来ず、細胞膜を通るにはトランスポーター物質が必要です。

トランスポーターが必要ということは、脳サイドから言えば「制御しやすい」ということになります。

脳にとってはこの「制御しやすい」という要素が、何より必要なのです。

このように考えると、「主にブドウ糖を使っているのは、脳、網膜、赤血球」という理由も見えてきます。

目の網膜は脳から直接伸びて作られる組織であって、脳そのものと言っていいですし、赤血球にはミトコンドリアが無いため、脂肪酸を使おうにも使えないのです(脂肪酸はミトコンドリア内で、TCAサイクルで代謝されてATPとなるため、ミトコンドリアが無いと脂肪酸を利用できません)。

ちなみに赤血球は、エネルギー産生を細胞質内の酵素で行なっており、ブドウ糖を嫌気性代謝(=解糖系)することでATPを作っています。

解糖系では、ブドウ糖1分子から2分子のATPしか作れませんが、酸素と二酸化炭素の運搬以外の機能を持たない赤血球は、大量のエネルギーを必要とせず、低エネルギー系の解糖系で十分なのでしょう。


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