物事には「事実」と「与えた意味」という二面性がある

目の前に問題があります。
心を鷲づかみにし、悩みの世界にあなたを突き落とします。
思い出すと胸がキュンとします。
体をズシリと重くさせ、笑顔からあなたを遠のけます。
問題が心を苦しめるのではなく、問題があるという事実が心を苦しめます。
避けても、逃げても、消え去りはしません。




その問題を解決するには、問題を具体的に知ることが大切です。
現状を把握し、解決するためには何が必要かを考えるべきです。
問題を嫌うあまり、問題を直視することができず、実際、何が問題なのかを知らないまま悩んでいるケースも多々あります。
何がダメで、何が大丈夫なのでしょうか?
問題を把握することで仕事の半分が終わります。
ハッキリしていることと、ハッキリしていないことを、ハッキリさせると心がスッキリします。

問題を嫌う気持ちが、問題を放置させてしまいます。
放置された問題は徐々に時間切れに近づいていきます。
「するべきことを先延ばしするのは、もっとも情けない自己防衛である」と言った人がいます。
放置したり、先延ばしすることで問題が巨大化したり、手遅れになるケースが少なくありません。
あとで一気に片付けようとか、時間がしっかりできてから対応しようとか、条件が揃ったらと考えるのは得策ではありません。
とにかく、手がけてみましょう。

初めはゆっくりでもいいので、手をつけてみるのです。
問題を分析することでやるべきことが明らかになり、心が楽になることもあります。
分析してみると、「な~んだ。こんな問題だったのか?」とびっくりするときもあります。
また、逆の場合もあります。
分析してみたら、どう考えても解決できないときがあります。

素晴らしいお坊さんの言葉に、こんな言葉があります。
「方法があるなら、悩むことなかれ。それをやればよいのだから。方法がないなら、悩むことなかれ。何も行うべきことはないのだから」
いつも、この言葉に救われます。

問題を分析し、何をどうしたらいいのかと「やるべきこと」を明らかにしましょう。
目標と現状のギャップを認識したら、それを埋めるためのタスク(=to do)を書き出してみましょう。
方法は1個でも多く、複数出してみましょう。
たくさんあればあるほど、余裕が生まれ、問題解決が簡単になります。
この手がダメでも、あの手があります。あの手がダメでも奥の手があります。
把握することで問題解決の50%が終わり、タスクを書き出すことで75%が終わります。
あとはやるだけです。
やるべきことの優先順位上位2割を行動に移すことで、問題解決は完了するといわれています。

やるべきことが分かっているのに、動けない。
これは動きたくなる感情をつかんでいないということになります。
その行動を起こすことで、何を手に入れるのでしょうか?
そして問題を解決したあとに、どんな現実が待っていて、そのとき、自分はどんな感情を体験するのかを書き出したりしながら想像してみましょう。

物事には二面性があります。
1つは「事実」、もう1つはそのことに「与えた意味」です。
この「与えた意味」が、「動き出したくなるような気分を纏(まと)っているか?」が大切になります。
事故にあった。ツイてない。
事実は、「事故にあった」ということ。
与えた意味は、「私はツイてない」ということ。
事実は受け入れるしかありません。
しかし、アレンジできるのは「与えた意味」です。

事故にあった。ツイてない。
「事故は起きてない」は、嘘になってしまいます。
事実はアレンジできません。
「ツイてない」をアレンジしてみましょう。
「命に別状がないどころか、ケガもなかった。ツイてる!」とするのは、どうでしょうか?
同じ事実ですが、問題に挑む気持ちが変わってこないでしょうか。

あなたがどんな気持ちになったとき、行動に移すことができるでしょうか?
そのためには、どんな意味づけが相応(ふさわ)しいでしょうか?
試してみましょう!


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