アポクリン腺から乳腺へ。皮膚から見た動物の進化

皮脂腺・アポクリン腺・エクリン汗腺
人間の場合、皮膚腺と言えば、エクリン汗腺という汗を出す腺がメインです。

夏の日中に噴き出る汗や、「手に汗を握る」時に手掌(しゅしょう)がジトッとする汗はエクリン汗腺であり、人間の場合には全身に くまなく存在しています。

人間には もう1つ、アポクリン腺が存在しますが、こちらは腋窩(えきか)部や外陰部などの ごく限られた部位に ひっそりと分布する「日陰の存在」であり、腋窩のアポクリン腺は、ワキガの原因として迷惑がられたりしているほどです。




人間しか知らないと、「エクリン汗腺が一般的でアポクリン腺は例外的」と思ってしまいますが、実は動物界ではアポクリン腺が一般的であり、エクリン汗腺を持つ動物は霊長類やカモノハシなどしかおらず、しかも彼らの場合でも、存在部位は ごく限られていて(猿の場合は指尖部や手掌部表面や尾の下側のみ、カモノハシの場合にはクチバシの表面のみ)、極めて特殊な皮膚腺なのです。

要するに、哺乳動物の世界においては、アポクリン腺が主流であり普遍的なのです。

また、動物の進化の歴史の中で、最初に登場したのもアポクリン腺(の原型)であり、現在の哺乳類の直接の祖先である獣弓類(じゅうきゅうるい Therapsid :2億6千万年前に登場)は、すでに原始アポクリン腺を備えた皮膚を持っていたと考えられています。

なぜなら、アポクリン腺は皮膚と毛を守るために発達した器官であり、分泌物の組成は「広がりやすく、水分の蒸発を防ぎ、水に溶けにくい液状物」でなければならなかったからです。

この条件を満たしているのが、アポクリン腺分泌物なのです。

このアポクリン腺分泌物の成分は「新生児に必要な栄養素」と ほぼ一致していますので、これを新生児に舐(な)めさせれば、新生児は必要とする栄養分を摂取できることになります。

しかも、アポクリン腺は、哺乳類の全身に遍(あまね)く偏在しています(皮膚と毛を守るための器官ですから当然です)。

ですから、ひとつひとつアポクリン腺の分泌量は少なくても、新生児は母体のいろいろな部分の毛や皮膚を舐めることで、トータルとしては必要な量のタンパク質や脂肪酸を得られることになります。

さらにこの方式は、母体側にも2つのメリットがあります。

1つは、新生児を育てるための新しい器官を作る必要がなく、既存の器官を転用できること、もう1つは、アポクリン腺が全身に偏在しているため、子供の成長に従って栄養要求量が増えた場合にも、個々のアポクリン腺の分泌量をちょっとずつ増やすだけで対応できることです。

もちろん、体から外に何かを分泌する腺は皮膚腺以外にもありますが(例:涙腺、唾液腺)、脂肪酸もタンパク質も糖質も含む液体を分布しているのはアポクリン腺のみであり、子育てに使えるものとしてはこれ以外にはないのです。

このような育児方式を編み出したのが獣弓類だったと考えられています。

そして、哺乳類の乳腺は、この獣弓類のアポクリン腺から進化したことは、比較解剖学や生化学の研究から ほぼ間違いないと考えられています。

つまり、全身にあるアポクリン腺のうち、授乳に適した部位(=体の全面)のアポクリン腺を肥大・集中させることで、乳腺が分化したのでしょう。

獣弓類が独立した乳腺組織を持っていたという直接的な証拠はありませんが、獣弓類から分岐・進化した哺乳類形類(Mammaliaformes :2億2500万年前の三畳紀に出現、卵生)の歯牙(しが)の形状から、孵化直後の哺乳類形類の新生児は、カゼイン(母乳のタンパク質の80%を占めるタンパク質で、極めて栄養価が高い)を飲んでいたことが ほぼ確実とされていることが根拠です。

カゼインのような大きな分子を合成するには、合成専用の組織(=乳腺組織)が必要だからです(泌乳の開始ならびに初期進化に関する新仮説:Olav Oftedal博士による見解。浦島ら、ミルクサイエンス 53(2):81~100、2004)

このアポクリン腺は、当然のことながら、最初から新生児の栄養物の分泌用として形成された器官ではありません。

アポクリン腺分泌物の本来の目的は、皮膚と毛を守ることであり、より具体的に言えば、皮膚の乾燥化と毛の劣化を防ぐことです。

ですから、脂質や多糖体に富んだ粘調(ねんちょう)な天然ワックスとして分泌し、それで皮膚表面や毛を覆う必要があったのです。

地球の生命体は、海で生まれ海で進化し、淡水に進出した魚類から両生類が進化しました。

やがて 3億5000万年前(デボン紀)に、ペデルペス(pederpes)という両生類の祖先が、地上に最初に足を踏み入れた脊椎動物となるのですが、彼らが直面した最大の問題は、陸地という未知の世界に特有の、乾燥した大気でした。

両生類は淡水に生息していましたが、そこでは浸透圧差から、常に細胞内に入り込もうとする水に対する対策が必要でした。

しかし陸上では、今度は逆に表皮から大気中に逃げ出そうとする水を如何(いか)に留めるか、皮膚からの水の蒸発を如何に阻止するかが大問題となりました。

水棲(すいせい)と陸棲(りくせい)では正反対の対策が必要になったのです。

初期の両生類は、この皮膚からの水分蒸発を防げなかった為、おそらく水辺から離れることが出来なかったと考えられています。

ちなみに、現生の両生類であるカエルは、オタマジャクシ時代は水中生活の為、皮膚は粘膜であり、成長してカエルに変態すると、皮膚は角質が覆う角化上皮に変化し、陸上で生活できるようになります。

とは言っても、カエルの角質は、気体や水分が通過できるほど薄く(このため両生類は、脊椎動物では例外的に皮膚呼吸できる動物です)、乾燥状態での生存は難しいです。

次に登場した爬虫類は、大きく2つの系統に分かれます。

1つは、皮膚腺がほとんどない皮膚を持つ竜弓類(Sauropsida:恐竜、現生のワニ、トカゲ、カメ、ヘビなど)、もう1つは、皮膚腺が分布する皮膚を持つ単弓類(Synapsid)であり、後者が私たち哺乳類の直接の祖先となりました。

竜弓類は、小さなセグメントに分かれた厚い角質層で作られている「鱗(うろこ)」を発達させました。

この鱗は、外力から身を守る鎧(よろい)であると同時に、強力な乾燥防御システムになりました。

それが如何に有効であるかは、現在のヘビやトカゲの一部が、極めて乾燥した地域を生息環境としていることが証明しています。

ですが、強靭な鎧であるため、体が成長するにつれて古い鎧を脱ぎ捨てる必要が生じ、ヘビやトカゲでは、体が大きくなるたびに、脱皮という複雑なシステム(表皮細胞の成熟と脱落の精妙なコントロールが必要です)が必要になりました。

そして同時に、脱皮直後は外敵に対し極めて脆弱になってしまいました。

一方の単弓類から分枝・進化した獣弓類では、皮膚腺を有する皮膚が全身を覆っていて、これは間違いなく単弓類から受け継いだものと考えられています。

すなわち、皮膚を粘調な皮膚腺分泌物で覆う方式です。

さらに獣弓類から分枝・進化した哺乳形類では、皮膚表面を密集した毛が覆うようになります。

これは体温を維持するための優れた断熱材であると同時に、外力に対する防御器官にもなりました。

ちなみに、最も初期の体毛は、単弓類の腹部の一部に出現したと考えられていて、これは孵化前の卵(単弓類の卵は水分透過性を持つ薄い卵殻に包まれていました)に水分を与えるための器官だったという説があります。

そしてその後、毛は全身に広がり、保温のための器官へと役割を変化させたようです。

現在の哺乳類は、哺乳形類から「皮膚・皮膚腺・体毛」をワンセットで受け継いでいます。

その皮膚は、ワニやトカゲほど上部ではありませんが、柔軟でしなやかであり、この しなやかさなしでは、子宮内で胎児を大きく育てることは不可能だったと思われます。


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