1980年代バブル景気
現在の日本株が置かれている状況は1980年代後半にますます似てきています。

当時を振り返ると、中曽根康弘首相・竹下登大蔵大臣(1987年より首相)がプラザ合意後の円高不況対策として積極的な財政出動に舵を切るとともに、澄田智日銀総裁に利下げを迫り、1986年から1989年まで低金利政策が続きました。

株式市場は政策出動を好感して1986年に東証株価指数(TOPIX)は49%上昇。

1987年は景気回復のもたつきや米国株の暴落(ブラックマンデー)の余波で10%の上昇にとどまったものの、政策効果や株高もあって高成長に回帰した1988年には株価は37%上昇し、景気が過熱した1989年にはさらに22%上昇しました。

その結果、インフレ圧力が高まり、政府が引き締めに転換した1990年に株価は40%下落し、バブルは崩壊しました。

アベノミクスも円高対策や震災復興のために積極財政を採用し、日銀が量的・質的金融緩和(異次元緩和)を実行したことにより2013年に株価(TOPIX)は1986年を上回る59%の上昇を達成しました。

しかし、ここでも2年目のジンクスは当てはまり、2014年に入ってから株価はボックス圏で推移しています。

政策(期待)が一巡したことに加えて、家計には消費増税の影響が、企業には原材料費や人件費の上昇が圧し掛かり、企業業績の伸びが大きく鈍化していることが背景にあります。

2014年度は円安効果の剥落によって「増収減益」を見込む企業も少なくありません。

しかし、2015年にかけては拡張的な財政政策の継続、慢性的な人手不足を背景とした賃金上昇ペースの加速やマインド改善による個人消費の持ち直し、企業部門の設備投資や生産性向上に対する取り組みなどによって、日本経済は適度な2%前後のインフレと1%弱の実質成長を低金利(長期金利1%前後)下で実現できる可能性が強まっています。

企業業績も踊り場を脱し、2桁増益が見込まれる2015年には1988年のような株価反騰局面を迎えるのではないでしょうか。

なお、1988年は経済成長に裏付けられた株価上昇という点で「バブル」ではありませんでしたが、1989年は経済成長を伴わないという点で「バブル」でした。

経済環境以外に1980年代後半と似ている点として、公的年金資金や郵貯資金による運用の見直しがあります。

昨今、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用見直し・組織改編、簡保の日本株積み増しなどに注目が集まっていますが、これらは1987年に「より効率的な運用」を求めて公的年金が自主運用を始めた状況、1989年に郵貯資金が寄託金(指定単)としてリスク資産の運用に乗り出した状況とそっくりです。

以下のように、1980年代後半の出来事と、今後想定される出来事を並べるとスケジュールまでもが似ていることに驚きます。

●1987年 公的年金と郵貯資金が自主運用を開始

●1989年 郵貯資金が寄託金(指定単)による(リスク資産)運用を開始

●2014年 公的年金資金の基本ポートフォリオ見直し(国内株式比率の引き上げ)、簡保が日本株積み増し

●2015年以降 日本郵政上場(計画)と運用見直し(見込み)

1986年11月に厚生労働省・年金審議会は、大蔵省・資金運用部の預託金利最低保証利率の引き下げの動きに対し、年金積立金の一部自主運用を求める緊急意見を発表しました。

内容を一部抜粋してみますと、「年金給付の重要な財源の一つである運用収益が相次ぐ預託金利の引下げにより大幅に減収していることは、先の改革の効果を減殺し、国民の期待を裏切るものである」と昨年最終報告を発表しました。

「公的・準公的資金の運用・リスク管理等の高度化等に関する有識者会議」(座長:伊藤隆敏氏)に勝るとも劣らない強い口調です。

もともと年金積立金の自主運用については、従来から自主運用を実施している共済年金との公平性の観点からも厚労省の悲願であったと言われています。

そうした中、公定歩合の引き下げに伴って預託金利が引き下げられると、年金積立金の効率的な運用を目指して年金福祉事業団が資金運用部から資金を調達し、年金積立金の一部の自主運用を図るための法改正が行われることになりました(1987年6月に法案成立、即日実施)。

なお、実際の運用は信託銀行、生命保険会社および投資顧問会社に委託し、一部の資金を年金福祉事業団自らが運用しました。

金融自由化の流れの中で1987年より郵政省は資金運用部へいったん預託した郵貯資金の一部を再び借り入れて金融自由化対策資金という形で自主運用を行うことになりました。

自主運用額は1987年に2兆円で開始され、2001年3月には約57兆円にまで増加しました。

このうち大半は国債・地方債などの安全資産で運用されましたが、1989年から一部は寄託金(指定単)として郵政事業庁がいったん特殊法人である簡易保険福祉事業団に資金を寄託(融資)し、寄託を受けた簡易保険福祉事業団が信託銀行に株式・外国債券などの運用を委託するようになりました。

こうして公的年金資金や郵貯資金の自主運用開始に伴い、信託銀行などが日本株を大きく買い越し始めたのは1987年頃からです。

そして、信託銀行の株式保有比率は1990年にかけて大きく上昇することとなりました。

銀行(含む信託銀行)の株式買い越し額は1986年に4.3兆円、1987年に5.6兆円、1988年に4.2兆円、1989年に5.4兆円に達しました。

翻(ひるがえ)って、公的年金資金(GPIFなど)や企業年金、すでに日本株買い増しを表明している簡保、2015年度以降に予想される郵貯資金の日本株買い増し金額は1980年代後半のそれに比べると半分くらいかもしれませんが、その影響は決して無視できないものとなるでしょう。

このように1980年代後半と現在の類似点を述べてきましたが、むろん人口動態や資本ストック(つまり潜在成長力)、金融機関を取り巻く規制とその行動など異なる点は多くあります。

また、現在のほうが良くなっている点として、増配や自社株買いの積極化にみられる株主還元や買収防衛策の廃止、社外取締役の導入、金融庁が機関投資家に議決権行使のガイドライン策定などを求めた「日本版スチュワードシップ・コード」の導入などがあります。

こうした取り組みがコーポレートガバナンスの改善をもたらし、内外の長期投資家の(良質)な投資資金を呼び込み始めているのは確かです。

政治や政策の変化を値を上げる材料として言いたてた「日本買い」のような派手さはもうありませんが、日本経済の質的な変化に着目し、じっくり投資を行うタイミングであるということでしょう。

しかしその一方で、財政拡張路線、長期にわたる金融緩和、米国経済の停滞(当時は双子の赤字)、資源価格の安定、内需主導の景気回復、公的年金資金や郵貯資金の運用見直しなど、1980年代後半と現在では共通点がやはり多いです。

株価騰落率のテンポや、株価上昇を内需企業がけん引する点も、そっくりです。

加えて、1987年のブラックマンデーの引き金となったと考えられている米国利上げ懸念は、出口戦略を模索しつつある現在の米連邦準備理事会(FRB)の姿と重なって見えます。

歴史的な教訓を重視するイエレンFRB議長とフィッシャー同副議長に安全運転を期待するしかありませんが、緩和政策の出口をめぐって金融市場が混乱する可能性は依然として否定できません。

こうした状況を前提に、アベノミクス3年目に当たる2015年が1988年のような好環境になるためには(言い換えれば、1989年以降の二の舞を演じないためには)、以下の二点が絶対必要条件になると考えます。

まず、企業が労働力や資材などの供給制約やコスト増加を、生産性改善や技術革新、高付加価値化などによって乗り越えること。

そして、財政・金融政策が市場の信認を維持し、過度な金利上昇を抑制することです。

安倍晋三首相が推し進めている成長戦略は、農業・医療・公益(電力・ガス・水道など)・金融・不動産・教育・人材派遣といった産業で規制を緩和・撤廃し、主に非製造業の生産性を高めることに主眼を置くべきでしょう。

その点において、各省庁の幹部人事を内閣人事局に一元化することなどを柱とする国家公務員制度改革は政治主導で規制緩和を推し進める力になると期待できますし、家庭向け電力小売り自由化や送配電部門の分離を定めた電力システム改革は地域金融機関や産業構造そのものに変化を迫る可能性を秘めています。

こうした前提に立てば、小売、サービス、機械、ソフトウェア(ITサービス)、建設、不動産セクターが向こう1~2年にわたって有望な業種であると考えられます。

また、1988年から1989年にかけて急騰を演じた素材・市況業種にも注目です。

デフレ脱却によって販売価格の引き上げが容易になれば、マージン改善の恩恵を大きく受けるからです。

ただし、過剰設備の問題や中国経済の先行き懸念など当時と今では置かれている環境が異なるため、内需系の素材・市況産業である石油精製、セメント、電線、紙パルプ、塗料などの化学製品、金属製品、内航海運などのオールドエコノミー業種はあくまで「大穴」として注目です。

今言えるのは、日本経済の質的な変化が順調に進めば、バブルの痛手は避けられるということです。

ただ、逆もまた真なりです。

1980年代後半との比較は、その見極めに役立つはずです。